ながら「今夜は未だ大分金があるぞ。」と云った。月々の部屋代と食費と洋服代との全部であった。女は背のびをして、紙幣の数をのぞきこむと、「まあ――」と云って笑った。
 女は少しばかり元気になったのかも知れなかった。
 女の部屋に入って、寝る時、女は枕元の活動役者の写真をべたべた貼りつけた壁に、私のシルクハットをそっと掛けて、そしてさて手を合せて拝む真似をした。シルクハットの地と云うものは、物がふれると直ぐケバ立ってしまうので、女は非常にこわごわと取扱わなければならなかった。
 そこでシルクハットは、私達の頭の上で、夜中艶々しく光っていた。
 寝ていて、女は再び一層気落ちがした様子で幾度となく大きな溜息をもらした。
「病気って、どこが悪いの?」と私はきいた。
「いけない病気なのよ。」女の声は咽喉の奥でぜいぜい鳴った。
「声がおかしいね。呼吸病かしら?」
「ええ。だから助からないわね。あなた、そんな病気の女、おいやでしょう?」女は、私の髪の毛を細い指の間にからませながら、そう訊き返した。
「君が、死ぬなら、僕も一緒に死ぬよ。」と私は答えた。
 すると女は両手をその顔に当てた。
「それでは、一緒
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