に死んで下さらないこと?」
「いいとも。」
「……あなた、華族様なの?」
女は、そう云って、シルクハットの方へ眼を上向けてみせた。
「本当を云うと、僕の家は伯爵だけど。」と私は嘘をついた。
「あたし、華族様と二人で死ぬのは、嬉しくってよ。」
「そうかな――」
女の四肢は、なめし皮のように冷めたくて、不愉快に汗ばんでいた。
風が出て、窓の外の浪の音が烈しくなって、私は寝苦しかった。
「君の女は、かさかきだって話だぜ。」
翌朝早く、波止場の上で、沖の方に朝の陽を浴びて碇泊している西洋の軍艦を眺めて、休んでいた時に、中村はそう云った。
「僕は肺病だと思った。」
「かさかきだよ。西洋のひどい奴だそうだ。」
「はて、僕に一緒に死んでくれって、そう云ったが。」
「余程、性悪の女だね。」
「僕は一緒に死ぬことを受け合ったんだよ。そして僕は、肺病のばいきんを口一杯に引き受けてやったんだが。」
「君は、西洋の水兵のかさを引き受けたわけだ。」
「そいつは、弱ったな。」
私は深い嘆息と共に、シルクハットを脱いで膝の上に載せたが、あやまってそのケバを逆にこいてしまった。すると毛並は荒々しくさか毛立
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