な鴇色のリボンで結んだ女が云った。
Y君は、そこで、もうこちらの姿を見咎められるおそれもなかったので、威勢よく立ち上がって、窓に向って別れの敬礼をすると、剣と拍車とを鳴らしながら帰って行った。……
Y君の休日の日課があらためられた。恋《いと》しい人の映画が掛っている時なら、それを見に行くことは云う迄もないが、それは必ず昼の中に切り上げて、夕方からは彼女の住居をよそながら眺めるために、公園へ散歩することにきめた。
久しいことこの習慣が根気よく保たれた。
雨降りの休み日が二十一度、その中六度は外套を透して、長靴の中へ流れ込む程の豪雨であった。そんな時には、無論窓にいかめしい目かくしが下りていた。
霧のために窓の灯が見別け難かったことが十三度。
風のあまり吹かない地方なのだが、それでも池の水が波立って、四辺の景色を映さなかった日が一ダース。
散歩季節の夕月の美しい時分には、沢山の散歩者から自分をあきらかにするために、ハーモニカで時花節《はやりうた》などを奏した。(ハーモニカにかけては、Y君は隊内随一の名手であった)
愛情の故には、どんな大胆な振舞いに出ようと、たとえ恋人の家の
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