スクリインやエハガキの上に空しい想いをつのらせているのに比べれば、遣る瀬なさなり不安なり、はるかに本物らしい恋慕の情がはげしく胸をふくらませるのであった。直に水の上の日ざしが薄れて、松の梢に夕風が鳴った。やがて、カタンと窓の開く音がした。Y君はとても真面《まとも》に家を見上げる勇気がなかったので、池の中を覗き込んだ。日覆を取り外しているらしい白い顔が小さく揺いでいた。Y君は軍服の背中じゅうを硬わばらせた。窓のその白い顔は、ちょっとY君の方を見ただけで、すぐまた奥へ隠れてしまった。犬を呼んでいる男の子の声がした。しばらくすると、二階でピアノが鳴り初めた。チャイコフスキイのバルカロレである……
Y君は、それからまた一時間も、じっとそのまま動かずにいた。
もうすっかり夜になった。
やさしい窓に薔薇色の灯がついた。
そして薄いレースの窓帷《カーテン》を時々優雅な人影が横切った。
公園にはアーク・ライトがともった。夜の女の群れが、その中を近づいて来た。
『ちょいと、意気な龍騎兵の士官さん。あたし未だやっと十三になったばかりなのよ――』と、抜け落ちてしまって一つかみにも足りない髪を、大き
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