た。
『あなた、あなた、あなたは、まさか、この池に身を投げて、お果なさるおつもりではないでしょうね?――』と娘は、吃りながら云うのであった。
『さあ?――』とY君は訊き返した。
『あなたは、きっと、此処の――』と娘は悲劇女優の家の方を指さしながら、『此処の邸の者に恋をしていらっしゃるのですわね。いいえ、もう、すっかり存じて居りますわ。それに、その事がいけなかったなんぞとは、ちっとも未だ申し上げませんもの。決して、御心配なさるには及びません。』
『いや、僕は、そ、それでも――』
 Y君は我にもなく面喰ってしまったのである。
『さ、どうぞ、はっきり仰有って下さいまし。こんなに長い月日の間、あなたが恋こがれていらした女は、此処の家の誰なのですか?』
『あなたは、何だって、そんな莫迦な物の訊き方をなさるのです?』
『莫迦なですって? まあ、飛んでもない。妾は、あなたのその飛びはなれた執心のお蔭で、この邸をたった今追い出されたばかりなのですからね。』
『いやはや、どうも、僕には信じ兼ねます。』
『お解りにならないのですか? つまり、こうなのです。――あなたを一番初めに見付けたのは、お嬢さまなのです。御存知でしょうね、世界中でレデレルの相手役をして見劣りがしないのは、家のお嬢さまたった一人だと云うんですからね。お嬢さまは何度も何度も、休み日にはきまって、あなたが同じような恰好で此処のところに坐っていらっしゃるのを見かけたのです。お嬢さまは、間もなくお覚りになりました。そして或る日爺やさんに「あの兵隊の襟章を見て来ておくれ」と云いつけたのです。爺やさんが橙色だと云うことを確めて来ると、お嬢さまは「第三十騎兵連隊の下士だわねえ。龍騎兵の将校さんででもあれば、ともかく――屹度、家の女中に恋しているのに違いない」と仰有いました。それから、女中達がみんな一人一人きびしい吟味を受けたのですけど、誰も名告って出る者がないのです。お嬢さまは、誰よりも一番妾を疑いました。それと云うのは、他の女中達はみんな不器量で、見初められそうなのは一人もいなかったからですわ。でももとより妾自身の方には少しも覚えのないことだし、妾はあくまでも知らないと頑張り通しました。すると、お嬢さまは、相手が縦令《たとえ》どんなに取るに足らなそうな男でも、そのひたむきな純潔な愛は天地にかけ更えもない優美な貴いものだ――その愛
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