の生活をなし、少しの社会奉仕の仕事でも出来て死なれたならば有り難い事だと思はなければならぬ、と云ふ決心でとび込んだのですから素破らしいわけです。殊に京都の酷寒の時期をわざ/\選んで入園しましたのも、全く如上の意味から出て居ることでした。
京都の冬は中々底冷えがします。中々東京のカラツ[#「カラツ」に傍点]風のやうなものぢやありません。そして鹿ヶ谷と京都の町中とは、いつでも、その温度が五度位違ふのですからひどかつたです。一体、園には、春から夏にかけて入園者が大変多いのですが、秋からかけて酷寒となるとウン[#「ウン」に傍点]と減つてしまひます。いろんなことが有るものですよ。扨、それから大に働きましたよ。何しろ死ねば死ね[#「死ねば死ね」に傍点]の決心ですから、怖い事はなんにもありません。園は樹下石上と心得よと云ふのがモツトー[#「モツトー」に傍点]でありますから、園では朝から一飯もたべません。朝五時に起きて掃除がすむと、道場で約一時間ほどの読経をやります。禅が根底になつて居るやうでして、重に禅宗のお経をみんなで読みます。但、由来何宗と云ふことは無いので、園の者は「お光り」「お光り」を見る
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