込みました。私は満洲に居りました時、二回も左側湿性肋膜炎をやりました。何しろ零度以下四十度なんと云ふこともあるのですから、私のやうな寒がりにはたまりません。其時治療してもらつた満鉄病院院長A氏から……猶これ以上無理をして仕事をすると……と大に驚かされたのが此生活には入ります最近動機の有力なる一つとなつて居るのであります。満洲からの帰途、長崎に立ち寄りました。あそこは随分大きなお寺がたくさん有る処でありまして、耶教撲滅の意味で、威嚇的に大きくたてられたお寺ばかりです。何しろ長崎の町は周囲の山の上からお寺で取りかこまれて居ると見ても決して差支へありません。そこで色々と探して見ましたが、扨、是非入れて下さいと申す恰好なお寺と云ふものがありませんでした。そこで機縁が一燈園と出来上つたと云ふわけであります。長崎から全く無一文、裸一貫となつて園にとび込みました時の勇気と云ふものは、それは今思ひ出して見ても素破らしいものでありました。何しろ、此の病躯をこれからさきウンと労働でたゝいて見よう、それでくたばる[#「くたばる」に傍点]位なら早くくたばつて[#「くたばつて」に傍点]しまへ、せめて幾分でも懺悔
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