と、申して居る位ですから、耶教でもなんでもかまひませぬ。以前、耶教徒の在園者が多かつた時は、讃美歌なり、御祈りなり、朝晩、みんなでやつたものださうです。それも、オルガン[#「オルガン」に傍点]を入れてブーカ/\[#「ブーカ/\」に傍点]やり、一方では又、仏党の人々が木魚をポク/\[#「ポク/\」に傍点]叩いて読経したのだと申しますから、随分、変珍奇《へんちき》であつたであらうと思はれます。現在では皆読経に一致して居ります。読経がすむと六時から六時半になります。それから皆てく/\[#「てく/\」に傍点]各自その日の托鉢先き(働き先き)に出かけて行くのです。園から電車の乗り場まで約半里はあります。そこからまづ京都の町らしくなるのですが、園の者は二里でも三里でも大抵の処は皆歩いて行く事になつて居ります――と申すのは無一文なんですから。先方に参りまして、まづ朝飯をいたゞく、それから一日仕事をして、夕飯をいたゞいて帰園します。帰園してから又一時間程読経、それから寝ることになります。何しろ一日中くたびれ果てゝ居ることゝて、読経がすむと、手紙書く用事もなにもあつたもんぢやない、煎餅のやうな布団にくる
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