れるのであります。
 猶茲に、海に附言しまして是非共ひとこと[#「ひとこと」に傍点]聞いて置いていたゞきたい事があるのであります。私が、流転放浪の三ヶ年の間、常に、少しでも海が見える、或は又海に近い処にあるお寺を選んで歩いて居りましたと云ふ理由は、一に前述の通りでありますが、猶一つ、海の近い処にある空が、……殊更その朝と夕とに於て……そこに流れて居るあらゆる雲の形と色とを、それは種々様々に変形し、変色して見せてくれると云ふことであります。勿論、其の変形、変色の底に流れて居る光り[#「光り」に傍点]といふものを見逃がす事も出来ません。之は誰しも承知して居る事でありますが、海の近くで無いとこいつ[#「こいつ」に傍点]が絶対に見られない事であります。私は、海の慈愛と同時に此の雲と云ふ、曖昧糢糊たるものに憧憬れて、三年の間、飄々乎として歩いて居たといふわけであります。それが、この度、仏恩によりまして、此庵に落ち着かせていたゞく事になりまして以来、朝に、夕べに、海あり、雲あり、而も一本の柱あり、と申す訳で、況んや時正に仲秋、海につけ、雲につけ、月あり、虫あり、是れ年中の人間好時節といふ次第なので
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