けてしまつても、自分はあのやさしい海に抱いてもらへる、と云ふ満足が胸の底に常にあるからであらうと思ひます。丁度、慈愛の深い母親といつしよに居る時のやうな心持になつて居るのであります。
私は勿論、賢者でも無く、智者でも有りませんが、只、わけなしに海が好きなのです。つまり私は、人の慈愛……と云ふものに飢ゑ、渇して居る人間なのでありませう。処がです、此の、個人主義の、この戦闘的の世の中に於て、どこに人の慈愛が求められませうか。中々それは出来にくい事であります。そこで、勢之を自然に求めることになつて来ます。私は現在に於ても、仮令、それが理窟にあつて居ようが居まいが、又は、正しい事であらうがあるまいが、そんな事は別で、父の尊厳を思ひ出す事は有りませんが、いつでも母の慈愛を思ひ起すものであります。母の慈愛――母の私に対する慈愛は、それは如何なる場合に於ても、全力的であり、盲目的であり、且、他の何者にもまけない強い強いものでありました。善人であらうが、悪人であらうが、一切衆生の成仏を……その大願をたてられた仏の慈悲、即ち、それは母の慈愛であります。そして、それを海がまた持つて居るやうに私には考へら
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