となつて来た訳なのであります。そこで、私が此島に参りまする直前、京都の井師の新居に同居して居りました事を少し話させていたゞきませう。井師の此度の今熊野の新居は清洒たるものではありますが、それは実に狭い。井師一人丈ですらどうかと思ふ位な処へ、此の飄々たる放哉が転がり込んだわけです。而も蚊がたくさん居る時分なのだから御察し下さい。一人釣りの蚊帳の中に、井師の布団を半分占領して毎晩二人で寝たわけです。其の狭い事狭い事、此の同居生活の間に私は全く井師に感服してしまつたのです。鋒鋩は已に明治卅五六年頃から有つたのではあるが、全く呉下の旧阿蒙に非ず、それは其後の鎌倉の修業もありませうし、母、妻、子に先立たれた苦しい経験もありませう。又、其後の精神修養の結果もありませうが、兎も角偉大なものです。抱擁力が出来て来たのであります。井師は私に決してミユツセン[#「ミユツセン」に傍点]と云つた事がありません。一度も意見がましい言葉を聞いた事が無いのであります。それで居て、自分で自然とさうせざるを得ぬやうな気持になつて来るのであります。之が大慈悲でなくてなんでありませう。
井師の新居に同居してゐた間は僅の事でしたけれども、其私に与へた印象は深甚なものでありました。井師と二人で田舎路を歩いて居た時、ふとよく晴れた空を流れてゐる一片の白雲を見上げて「秋になつたねえ」といふたつた[#「たつた」に傍点]一言に直に私が共鳴するのです。或る夕べ、路傍の行きずりの小さい、多分子供の、葬式に出逢つて極めて自然に、ソツ[#「ソツ」に傍点]と夏帽をとつて頭を下げて行く井師にすぐと私は共鳴するのです。二人で歩いて居て、井師も亦、妻も児も無い人なんだなと思つてつくづく見ると、其の着物の着方が如何にも下手[#「下手」に傍点]くそなのです。而も前下りかなんかで、それを誰も手をかけてなほしてくれる人も今は無いのだ。何時でも着物の着方の下手くそ[#「くそ」に傍点]なので叱られて居た私は、直に又共鳴せざるを得ぬのです。下駄の先鼻緒に力を入れて突つかけて歩くもの故、よく下駄の先をまだ新しいうちに壊してしまつたり、先鼻緒を切つたりした自分を思ひ出すと、井師が又其の通り、又共鳴せざるを得ませぬ。其外、床の間の上に乗せてあつた白袴……恐らくは学生時代のであつてほしかつたが……一高の寮歌集等々、一事、一物、すべて共鳴するものばかり
前へ
次へ
全24ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 放哉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング