石
尾崎放哉
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【テキスト中に現れる記号について】
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(数字は、JIS X 0213の面区点番号)
(例)※[#二の字点、1−2−22]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)中はもうボロ/\
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土庄の町から一里ばかり西に離れた海辺に、千軒といふ村があります。島の人はこれを「センゲ[#「センゲ」に傍点]」と呼んで居ります。この千軒と申す処が大変によい石が出る処ださうでして、誰もが最初に見せられた時に驚嘆の声を発するあの大阪城の石垣の、あの素破らしい大きな石、あれは皆この島から、千軒の海から運んで行つたものなのださうです。今でも絵はがきで見ますと、其の当時持つて行かれないで、海岸に投げ出された儘で残つて居るたくさんの大石が磊々として並んで居るのであります。石、殆ど石から出来上つて居るこの島、大変素性のよい石に富んで居るこの島、……こんな事が私には妙に、たまらなく嬉しいのであります。現に、庵の北の空を塞いで立つて居るかなり高い山の頂上には――それは、朝晩常に私の眼から離れた事のない――実に何とも言はれぬ姿のよい岩石が、たくさん重なり合つて、天空に聳えて居るのが見られるのであります。亭々たる大樹が密生して居るがために黒いまでに茂つて見える山の姿と、又自ら別様の心持が見られるのであります。否寧ろ私は其の赤裸々の、素ツ裸の開けツ拡げた[#「開けツ拡げた」に傍点]山の岩石の姿を愛する者であります。恐らく御承知の事と思ひます、此島が、かの耶馬渓よりも、と称せられて居る寒霞渓を、其の岩石を、懐深く大切に愛撫して居ることを――。
私は先年、暫く朝鮮に住んで居たことがありますが、あすこの山はどれもこれも禿げて居る山が多いのであります。而も岩石であります。之を殖林の上から、又治水の上から見ますのは自ら別問題でありますが、赤裸々の、一糸かくす処のない岩石の山は、見た眼に痛快なものであります。山高くして月小なり、猛虎一声山月高し、など申しますが、猛虎を放つて咆吼せしむるには岩石突兀たる山に限るやうであります。
話が又少々脱線しかけたやうでありますが、私は、必ずしも、その、石の怪、石の奇、或は又、石の妙に対してのみ嬉しがるのではありません。否、それ処ではない、私は、平素、路上にころがつて居る小さな、つまらない石ツころ[#「石ツころ」に傍点]に向つて、たまらない一種のなつかし味を感じて居るのであります。たまたま、足駄の前歯で蹴とばされて、何処へ行つてしまつたか、見えなくなつてしまつた石ツころ[#「石ツころ」に傍点]、又蹴りそこなつて、ヒヨコン[#「ヒヨコン」に傍点]とそこらにころがつて行つて黙つて居る石ツころ[#「石ツころ」に傍点]、なんて可愛い者ではありませんか。なんで、こんなつまらない石ッころに深い愛惜を感じて居るのでせうか。つまり、考へて見ると、蹴られても、踏まれても何とされても、いつでも黙々としてだまつて居る……其辺にありはしないでせうか。いや、石は、物が云へないから、黙つて居るより外にしかた[#「しかた」に傍点]がないでせうよ。そんなら、物の云へない石は死んで居るのでせうか、私にはどうもさう思へない。反対に、すべての石は生きて居ると思ふのです。石は生きて居る。どんな小さな石ツころ[#「石ツころ」に傍点]でも、立派に脈を打つて生きて居るのであります。石は生きて居るが故に、その沈黙は益※[#二の字点、1−2−22]意味の深いものとなつて行くのであります。よく、草や木のだまつて居る静けさを申す人がありますが、私には首肯出来ないのであります。何となれば、草や木は、物をしやべりますもの、風が吹いて来れば、雨が降つて来れば、彼等は直に非常な饒舌家となるではありませんか。処が、石に至つてはどうでせう。雨が降らうが、風が吹かうが、只之、黙又黙、それで居て石は生きて居るのであります。
私は屡※[#二の字点、1−2−22]、真面目な人々から、山の中に在る石が児を産む、小さい石ツころ[#「石ツころ」に傍点]を産む話を聞きました。又、久しく見ないで居た石を偶然見付けると、キツト太つて大きくなつて居るといふ話を聞きました。之等の一見、つまらなく見える話を、鉱物学だとか、地文学だとか云ふ見地から、総て解決し、説明し得たりと思つて居ると大変な間違ひであります。石工の人々にためしに聞いて御覧なさい。必ず異口同音に答へるでせう、石は生きて居ります……と。どんな石でも、木と同じやうに木目と云ったやうなものがあります。その道の方では、これをくろたま[#「くろたま」に傍点]と云って居ります。ですから、木と同様、年々に太つて大きくなつて行くものと見えますな……とか、石も、
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