百度や二百度の事ではなく有つた。現に今ありつつ有るから、俺も追々と、怖い/\から、何ともなくなり、今では面白い方になつて来たのだ。何ンしろ、来てからやつと三日目の晩だから、どーしてまだ尻が落ちつくものか。尤も、俺の尻は何時も落付かない。丁度、嫁入つた当座の気持だか、どーだか知らないが、怖い様な、悲しい様な、それが夜中の十一時過、この頃になると、電気燈連の方は、みんな寝てしまふので、俺達ばかり、眠さうな眼付でパチクリ/\。間もなう十二時、上野の鐘がゴーンと、後高に撞いてしまふと、思ひ出した様に犬の遠吠。湿つぽい風が陰にこもつて、サラ/\/\と云ふ奴。天地万象、シーンとした丑三ツの時、此所に出て来た物は何だと思ふ。無論、幽的と云ひたいが、処がさうでない。
 俺は、其時丁度、二階の梯子を上りきつた処に、ブランコをきめて居たのだ。すると此時、すぐ家の外でワッワッと云ふ人の声、ハテナと思つて居ると、だん/\と其声が、北寮に近寄つて来る。益※[#二の字点、1−2−22]近くなつて来る、足音が聞える。云ふうちに梯子を上つて来る。人数は六人計り、勿論学生、コハ/″\物で覗いて居ると、其内の一人、石臼の御化け見たいな奴が、何と思つたか俺をグツと捉へて、引きずり下した。驚いてキヤツと云つたが、例の人間には通ぜぬ奴で、俺の頭を握つたまゝで、デカンシヨ/\で三年暮す、後の四年は呑んでとほす、コリヤ/\ドン/\/\/\と、足踏みをしながら、わめき散らして行くのだ。怖い者見たしで、糞落付に落付いて、ソツと見下げると、中には、俺のよく知つた奴即、北寮に居る奴で、後から解つたが、此奴の名はニグロと云ふのだ。昼間はみんなスマシタ物で、大人しさうな顔付をして歩いてゐたが、此時の様子たら、どーだ、まるで章魚坊主の調錬、顔はマツ赤、一人マツ青なのも居た。で腹を出して、鉢巻をして、中には褌一つのも居たよ。君に見せたら何と云ふだらう。非常に酒くさいと云ふ事は無論だ。その内に、とある一室の戸をガラ/\と開けて、六人がドラ/\と転げ込んだな。俺を掲げて居る石臼君がまつ先でよ、見ると、此処は寝室さ、七八人寝て居たゞらう、すると、ドーダ、今の六人の化物は、何の事ない枕を蹴とばす、布団をはねる、机を飛ばす、夢に牡丹餅ならだが、夢に章魚では一寸噛み切れないだらう。処で、寝て居る連中は、定めて驚くだらうと思ひの外、案外だつたね、何の怒る処か、但しボンヤリした、不得要領な顔付はして居たが、起されても、寂しさうな笑ひを、無理に構造して居る、何笑ひと云ふのであるか、但し、実によく馴らした物だな、と、俺も全く感心してしまつたよ。例の章魚連は、間断なく、部屋中を飛んだり跳ねたり、なに俺も止むを得んから、イツシヨに飛んだり跳ねたりしたさ。まるで天の岩屋を眼の前に見る心地。其内、大分労れて来たと見えて、一寸、静かになつて来たと思ふと、サー大変、何と思つたか、俺を握つて居た例の石臼め、窓をあけたと思ふが早いか、ヤツと、オツポリ出した。無論俺をだ。オヤと思ふ内に、クル/\と眼の球がまはる。するとボチヤン、頭をイヤと云ふ程打ち付けた、と、それきり気絶してしまつたのだ。
 フト、生気が付いて見ると、コリヤどーぢや、自分は、何時の間にやら立派な衣服を着て、人間になつて居る。眼の前を見ると、豚や、牛肉や、西洋料理は申すに不及、栗饅、煎餅、最中、に至る迄、すつかり喰ひ頃に出来てゐる。グルリと見渡すと、こゝには瓢箪形の酒の池だ。上加減と云ふので、白い煙がフワ/\と立ち上つてゐる塩梅《あんばい》。何処からともなく音楽が聞えて来る。ホワイトローズの香は、室内に充ち/\て、気も心もとろけ出してしまひさう。と、こんな事は嘘さ、それ処か、実は、何時の間にやら夜があけて居て、よく/\見ると、俺は一人で草の中に寝て居るのだ。併かも、頭の処に大怪我をして居るが、余り痛くもない。雀の子が、チユー/\と二三羽飛んで来て、珍らしさうな顔付をして、俺を見て居る。「オ早つ」と云はうとしたが、声を出す元気も無い。ボンヤリして居ると、頭の中に浮んで来るのは、昨夜の大難だ。化物が踊つてゐる処から、枕を蹴り飛ばす処、それから、石臼が俺を窓から投げ出した事。俄然、グイと、俺を引つぱり上げた者がある。又かと思つて、南無阿と云ひかけたが、フト見ると、俺を捕まへて居るのは、俺と仲の好い、小使の雑巾爺さ。ヤレ/\と胸を撫でて居ると、小使の奴は、何やらブツ/\と云ひながら歩いて行く。俺は、左の手にブラ下つて居たのだが、右の手の方を見ると、それにも俺の仲間が三ツ計りブラ下つて居る。どれも怪我をして居る様だ。妙な事も有る物だと思つてゐる内、何処だか、暗い部屋へ、イツシヨに投げこまれてしまつた。
 すると、どーだ、此処にも俺の仲間が、六ツバカリ坐つて居るではないか
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