。しかも皆、同じ様に怪我をして居るから妙だ。「イヨー」と挨拶すると、向ふは「ヨー」と気のない返事をする。何の事やら解らない。まづ、ヤツと腰が落付いた様だから、つら/\見渡すと、天窓からさし込んで来る、ボンヤリした光線の中に、俺等の仲間が、今やつて来たのも加へて、総計十二居る様だ。そろひも揃つた仏頂顔でスマシテ居る。スルト、俺の向ふ側に坐つて居た奴が、「貴様等もトー/\来たね」と云つた。其声が、馬鹿に優しかつたので、俺も元気付いて、定めて驚くだらうと、得意になつて、昨夜の一部始終を話したのだ。併し、此奴のみならず、側に坐つて居る連中も、スマした物で、丁度、生徒の講義して居るのを、先生が聞いて居る様な顔付で、解り切つた事だ、と云はぬ計り。頗《すこぶ》る俺の癪にさはるのみならず、バツがわるいので、「君は何時此処へ来たのですか」と、少し大きな声できいてやつた。すると、「何時つて、今度で四度目さ」、どうだえらいだらうと云ふ鼻付、何がえらいのか俺には解らぬ。「フーン」と不得要領な返事をして居ると、中で「俺は三度目さ」と云つた奴がある。「俺は二度目だ」と云ふ声が続いて出た。五ツ六ツこんな事を云つた。どれも負けぬ気と見える。負けたつて、どーでもいゝではないか。二度なら遂に二度、一度なら遂に一度ではないか。要するに、二が一になれはすまいし、一度が二度になれはすまい。太陽と月と、どつちが好いと云つた処で、太陽は矢張り太陽だ、月は矢張り月だ。外の連中は、皆こんどが始めてだと見えて、だまつて居る。何となく座が白けて来る。沈んで来る。皆、怒つた様な面をして居る。俺はこのめ入る[#「め入る」に傍点]と云ふ程、気に向かん事はない。沈んで居つても一日、浮んで居つても一日、白けて居つても一日、黒けて居つても一日、乃至、怒つても一日、笑つても一日だ。沈んで白けて怒つて居るよりも、むしろ、黒けて浮んで笑つて居る方が、何ぼーいゝか解りやしない。徳利よりか瓢箪、と云ふのが俺の主義、さうさ。主義だから、早速、俺の左に坐つて居た奴を捕へて話しかけた。「君もこん度が始めだね」と、聞くと「そーだ」と云ふ。「どんな風だつたい」と、チヨツカイをかけると、すぐ拘《かか》つたね。「矢張り君の話の通りさ。だが、君とは又、変つた事もあつたよ」と来た。「なる程」と答へると「君の時は六人ださうだが、俺の時は一人だつた。しかも其奴の色の黒い事、漆を塗つて其上に油をかけて、又、其上に磨きをかけて、そして、サハラ沙漠で一年乾かした、と云ふ奴だ」「なる程な」、「時は十二時過よ。君と同じ様に、寝室に這入つて騒いだね。しかもこの沙漠先生、頗る付の話し好きと見えて、ドツカと坐りこんだなり、いや話すは/\。笑つて見たり、怒つて見たりの一人舞台だ。此間約一時間。なに俺は、側で昵《ぢつ》と居眠の練習さ。スルト沙漠先生、ヒヨロ/\と立つて、ガラス窓をあけたと思ひ給へ。丁度、昨夜は十五日だ、満月さ。虫は鳴かなかつたが、皎々たる盆大の明光、中天に懸つて水の滴りさうな奴。長天繊影なく、大他閑寂たり、清爽寥然として向陵一夜秋懐深してんだ。起きて居るのは、例の沙漠先生と、憧々《どうどう》たる俺ばかりさ。突如、ザーと飛瀑の音を聞き得たり。何と思ふつて、小便の音さ。しかしそー笑ふ勿れだ。此の時程俺は、美くしう感じた事は無かつたよ。全く美化されたね、俺も沙漠先生も、殊に小便がだ。小便をするは須《すべから》く此時に於てす可しだ。名月、沙漠男、慥に俳句にはなるよ。美と云ふ奴は妙なもので、とんでもない物が、非常な美と変化する事がある。尤も、裸体が美の真髄だなど云ふ、此頃ださうだからね。悪に強きものは、善にも強しと云ふと、えらく寺の和尚の説法めいては居るが、全くだ。要するに、非常な極端と極端とは、又、尤も近い物で有つて、其間の差は、到底、認める事が出来ん。咲き揃つた万朶の花と、それから、散つてしまつた花とは、一は繁栄の極で、一は凋落の極だが、其咲いてそして散る時の美、考へて見ると、分秒の間髪を入れない処に有る刹那だね。知つてるかもしらんが、「見渡せば桜の中の賭博哉」と云ふ句が有るが、此時の賭博は、ずんと美しいではないか。此の間髪を入れずと云ふ処が面白い。ヤツと云ふ間に頸が落ちる、と云ふ処が面白い。頸の有る人間と、頸の無い人間と、それが、たんだ、ヤツと云ふ間に定まると云ふ、イヤ面白いぞ/\。
 扨、其続きだが、小便の音もぢきに遏《や》んでしまつた。と思ふ内、沙漠先生、何と思つたか俺を捕へた。と、それから後は君と同じ。グル/\のボチヤンさ」「オヤ/\そーかい」、中々小むづかしい事を云ふ奴だな、と思つて居ると、向うの方に居た奴が、「そーあんまり驚かない様にしろ、これからそんな事は毎夜だよ」此の赤毛布奴《あかげつとめ》、と云ふ顔付。古毛布め、何
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