俺の記
尾崎放哉

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)宥《ゆる》して

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)筑波|颪《おろし》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「走」の「土」の代わりに「彡」、第3水準1−92−51]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ゴロ/\/\/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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 俺には名前がない、但し人間が付けてくれたのは有るが、其れを云ふのは暫く差控へて置かう。
 だが、何も恥かしいので云はぬと云ふわけでは毛頭ない。云ひにくいから云はないのだ。外になんにも理窟はない、冬になれば雪が降る、夜になれば暗くなる、腹が減つたら食ふのだ、一体、理窟と云ふ物も、あとから無理に拵へてクツ付けるので、なす事、する事、始めから一一理窟で割り出して来る物ではない。
 余計な事は抜きとして、処で、俺は今年で丁度三つになつた。とは、人間なみに云つて見たので、俺の世界には歳も何も有つた物ではない。元日が大晦日だらうが、大晦日が元日ならうが、とんと、感じの無い方だ。
 次は、俺の棲つてゐる処だが、御江戸日本橋のマン中と云ひたくても、実の処、其の隅ツ子の端ツコの、八百八町の埃や塵が抜け出す穴見たいな処だ。其の証拠には、俺が居る家の門の前を、毎朝、毎晩、雨が降つても雪が降つても、乃至、太陽に黒点が表はれやうとも、不相変のゴロ/\/\/\、百五十万人の糞を車に積んで、板橋とやら云ふ方へ引つぱつて行くのでもわかる。嘘だと思ふなら試に来て見給へ。で、この辺一体の地名は、慥か、向が岡、又、弥生が岡、一名向陵、乃至は武陵原頭なんかと、洒落れて云ふ人もある。其処に六軒、カラ/\した家が並んで立つてゐる。尤も、俺が始めて此処に来た時分は五軒しかなかつた。自治寮と云ふのが家の名ださうだ。自治の城とも云ふ人間もある様だが、其実、城処の騒か、家と云ふのも勿体ない位、何時見てもカラ/\してゐる奴で、湿り気は微塵もない、それで以て、汚い事、古い事、セントルイスの博覧会にこれを出したら、蓋し、金牌物だらうと云ふ話し。筑波|颪《おろし》が、少しでも※[#「走」の「土」の代わりに「彡」、第3水準
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