1−92−51]《しんにゆう》をかけて来ると、ミシ/\、ミシ/\と鳴り出す仕末、棺桶で無いから輪がはづれたとて、グニヤリと死人がころげ出す事もあるまいが、もし此家が壊れたら、飛び出す者は鼠一匹処の話ではない。現に、この自治寮に住つてゐる学生と云ふ人間が、其数約六百は居る。それに俺等の仲間で、此家に棲つてゐる連中が、丁度、五十位は有るから、合計六百五十位は居るだらう。俺等も人間とイツシヨに数へると、人間が怒るかも知れんが、チツとも怖くない。俺も今年で三歳子だ、金魚なら一匹十五六銭はする頃だ。甘いも酢いも、随分心得たつもりさ。
 これから、愈※[#二の字点、1−2−22]、俺の記となるのだが、扨、こー話しかけて見ると、何だかボーツとしてしまつて、遠方の方で生えかけの口鬚でも見る様に、どれが鬚だか眉毛だか、彷彿として霞の中だ。誠に、今昔の感に堪へん気持がして来る。が、まづ俺が最初此処にやつて来た、其折の頃からボツ/\とやらかさうか。なに、俺だつて、もと/\こんな処に居りはしなかつたので、矢張り店屋の軒で、ブラ/\と呑気に遊んで居たのだが、丁度、今から三年前さ、同じ仲間の奴とイツシヨに十計り、此家に持つて来られたのだ。運と云ふ奴は妙なものさね、どんな拍子で、ドー舞台が廻つて行くのだか、カイクレわけが解らない奴よ。未来と云ふ物は、思へば面白い、俺等の運命をどうにでも使つて見せる。
 此の面白いと云ふのは、要するに、未来なるものゝ性質が解らんからだ。嗚呼未来乎、未来乎だ。総て、面白いとか、怖いとか云ふ奴は、其の対称物の性質不明の点に於て、尤も多く存在する様に思はれる。人間が好んで対外マツチを見るが如く、つまり、其結果の不明な意に、趣味を持つてやつてゐるのだ。又、人間は、幽霊と云ふ奴が怖いさうだが、これもつまりは、幽霊なるものゝ性質が、尾花で有るのか、杓子であるのか、乃至は、物干台の浴衣であるのか、其辺の消息に不明の点があるによつて、怖いに違ひない。
 そんな事は、どーでもいゝとして、要するに、俺が此家へ持つて来られたと云ふのは、俺の記をして、素敵な彩色を織り出さしめた物であつた。思へば、過去三年の間、可笑しい事もあつたし、愉快な事も有つたし、或は悲しい事も、辛い事も有つた。
 処で、我輩等の今の境遇はどーだと云ふと、愉快だと云ふ仲間も居るし、中には面白くないと云ふ仲間もある。し
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