、事実を以て示さなくとも、解る筈だ。処で、吾々の今の状態はどうだ。成程、大人君子には相違ないけれ共、此の大人君子は、青年と云ふ大人君子だ。青年とは、他の言葉で以て云ふと、嗜好が非常に多い時代だ。何でも一寸気に向いた物は嗜好してしまふと云ふ時代なのだ。猫も来い、杓子も来い、と云ふ時だ。成程浅いかもしらぬが、広いさ。かう云ふ時代に当つて、所謂、大人君子なるものに、酒と云ふ嗜好を与へて見るとする。すると其結果はどうだらう。此所で一寸、酒の性質に付て云ふ可き必要がある。酒ぐらゐ微妙な物は無い。詩的な物はない。酒を呑むと云ふと、妙に気が大きくなる。六大洲は掌位にしか見えた物では無い。酒を呑んで中には泣く奴も有らう、怒る奴も有らうが、まづ大抵の者は、非常に愉快になつて来る、面白くなつて来る、無邪気になる。千鳥足になつて来る。こんな一種云ふ可からざるミステイカルな性質を以て居る物は他には有るまい。扨、斯う云ふ素敵な、面白い、愉快な酒なる者の趣味を、嗜好の馬鹿に多い、吾々大人君子に持つて来て与へるのだから、猫に鼠だ。忽に酒が好きになるのと云ふのは、無理もない話だ。其結果はどうだらう。勿論、学生の境遇だから、毎日はやれないが、一週間に一度位宛、金の有る時は、同好を誘つて、酒を呑みに行く。愉快になる、無邪気になる、豪傑気取になる、大きくなる、菓子が嫌ひになる、シルコが厭になる。凡そ、僕が知つてゐる酒党連中の経路は、以上の通りになつて行くのだ。此処で又考へて見るに、吾々の今の境遇で、酒の外に、猶、一層、強い嗜好力を有してゐる物が他に無いであらうか、と云ふと、それが大に有るのだ。しかも、大に危険なる物が有るので有る。処でだ、今此の酒党から、酒を呑むと云ふ嗜好を奪つてしまふと、其結果はどうで有らう。到底、其嗜好を取ると云ふ事は出来ないかも知れぬが、まづ出来るものとして見ると、其結果は、それ、酒以外に於て、それ以上に危険な嗜好を求めなければ遏まない、と云ふ事になるは必定だ。かく云ふと或は君等の内に、そんな浅薄な議論はやめにしろ、小供に菓子をやつて置くのは、決して最後の目的では無い。君の云ふ事は、甚卑劣な、弥縫《びほう》策に過ぎない。君は、酒の嗜好を奪へば、他の危険なる嗜好に走ると云ふけれ共、元来、酒を呑まぬ者はどうする。況んや、酒が、吾々の身体、脳力、理性、品格等に及ぼす大害に至つては、到底、
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