価しても評価しきれない貴重さが存する。
コテイーの香水のロリガン・エメロード巴里《パリー》なども、この表情を巧《たくみ》につくりあげてある。
アリスの「夜《よる》の花園《はなぞの》」「目を閉ぢて」「心のなかの愛」「最初の承諾」なども、全くこの表情を生かしてゐる。単なる花の香水、ジヤスマン、リラ、ローズ、ヒヤシンス、シプル、シクラメン等も、その表情がそれぞれ違つてくる。
同じホワイト・ローズでも、コテイーのと、ウビガンのとでは、その表情が非常に異つてゐる。「森林の香《か》」とか、オリエンタル・ブウケエなどは、比較的男性向な表情をもつてゐる。リラなどは、極めて低く一般的意味で若き婦人向の表情だ。
一体、表情といふのは、その香気が、あまい、かたい、やわらかい、にがい、くせがある。素直だ、強い、弱い、ふるい、新しい、あらい、こまかい、永く保つ、保たない、遠くへきく、遠くへきかない等といふ現実なものの見分け方の上に、更に、さういふ種々なものが綜合されて、ほのかに煙つてくる夢幻的感情の見分け方なのである。
だから、吾々は素人として「香水の表情」を見分けるには、闇のなかがよい、騒音の絶対に聞えない所がよい、朝がよい、初夏がよい、一人で居るのがよい、無言がよい、一時に一つの香水を試みるのがよい、食後相当時間を経てからがよい、直接よりも布《きれ》にでもつけるのがよい、眼をとぢてと眼をあいてと二様に試みるのがよい、距離もいろいろに試みるのがよい、男女別々に試みるのがよい、風のない日がよい、全裸体で感受して試みれば更によい。
かうして、その香水の純粋表情を見分けてから、第二段として之れを街頭に置いたものとして、悉く以上のものと反対の状態の下に於て、如何に、その表情が外的条件のもとに、ゆがめられてゐるかを試みるのである。
この二つの見分の方法が終つて、初めて、夜の香水、昼の香水、朝の香水、旅出の香水、ランデブウの香水、独居の香水、春の香水、夏の香水、冬の香水、男性向の香水、女性向の香水、芝居の時の香水、散歩の時の香水などと撰択することが出来る。
一般的標準からいへば、自己の体臭に似通つた香水の使用が推奨されてゐるが、これも結構だ。だが、要は、銘々が成る可く、違つた香水を用ゐることだ。
だから、三つも四つも五つもの香水をまぜて、新しい香水を作る道楽者もあるが、なかなかうまく
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