キ路の想ひの国である。
そこに、香水撰択の至難がある。譬へていへば、その表情のハイフエツツの優婉に似通ひしもの、エルマンの甘さに似通ひしもの、ヂンバリストの寂びに似通ひしもの又は、イサドラダンカンの舞踊に、あの華やかなりし頃のニヂンスキーの「牧神の午後」の怪奇さに相通ずるものなど、吾々近代人の香水の選び方は様々の聯想を強ひられる。
◇
若し、日本音楽を愛し、歌舞伎劇を愛し、紫の色を愛《め》で、白緑の色を好み、紺蛇《こんじや》の目を好き而も、近代ジヤズに魅力を感ずる女性あらば、如何なる香水がふさはしいか。マリー・ローランサンの画のやうな香水が好《い》いだらう。あのおぼろげな、眼のない、五月の空気のやうな感情を持てる女の、動物との遊戯の雰囲気。この雰囲気こそ、うつてつけのものだらう。
リラ・ブランの甘さをキイノートとし、これにバイオレツト・リーブスのやうな快い野性味を極少量伴奏させ、更にジヤスマンの古典風景で包んだとしたら如何であらう、この女性に似合はしくはないか。
◇
時代の刺戟が、吾々をとりまくことの激しさにつれて、吾々の神経系統は著しく敏感になつてきてゐる。
百合の香に堪へられない人、赤薔薇の香に堪へられない人、リラの香に堪へられない人|等《とう》が出てくる。そして、いよいよ香気の「ほのかさ」に向つて、心が誘はれるやうになる。この「ほのかさ」を愛すやうになつてやうやく香水使用の第一門に入つたのだ。
◇
香水を選ぶのには、まづ大体次の如き二十五種の「感じ」の鍵の助に依ることが便利である。――二十五と限つた訳ではなく数限りなくあるが、茲では、主なるものを挙げたにすぎない。
すなはち、ある一つの香水を対象として、見つめつつ行つてとぎすまされた感性の触手を動かし、斯くて、その香水から放射される二十五(無限)の「感じ」の一つ一つを味ひ尽すのである。その時、香水は、残るくまなく打ちとけて、親しみの手をさしのべるのだ。
[#香水の「感じ」の図(fig46403_01.png)入る]
1 速度感 14[#「14」は縦中横] 性別感
2 重量感 15[#「15」は縦中横] 硬度感
3 形態感 16[#「16」は縦中横] 角度感
4 音響感 17[#「17」は縦中横] 容貌感
5 時刻感 18[#「18」は縦中横] 性格
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