千《いくち》の人か、これによりて我を嘲り我を侮《あなど》るべけれど、猶良心に責められんには※[#「二点しんにょう+向」、第3水準1−92−55]《はるか》に優れり。壁の上なる聖母《マドンナ》は、我を墮《おと》さじとてこそ自ら墮ち給ひけめ。斯く思ふにつけて、聖母の惠の袖に掩《おほ》はれつゝ、水をも火をも避け得つべき喜は一身に溢れ、心の中に有りとあらゆる善なるもの正なるものは一齊に凱歌を奏し、我は復《ま》た心の上の小兒となりぬ。天に在《いま》す父よ、願はくは禍《わざはひ》を轉じて福《さいはひ》となし給へと唱へつゝ、身を終ふるまでの安樂の基《もとゐ》を立てもしたらん如く、足は心と共に輕く、こゝの小都會を歩み過ぎて、田圃《たんぼ》間《あひ》の街道に出でぬ。
人叫び、人笑ひ、人歌ひ、徒《かち》にて走るものあり、大小くさ/″\の車を驅るものあり。その騷しさ言はん方なし。熔巖《ラワ》の流は今しも山麓なる二三の村落を襲へるなり。一群の老若男女ありて奔《はし》り逃れんとす。左に嬰兒を抱き、右に裹《つゝ》みを挾《わきばさ》める村婦の、且泣き且走るあり。われは財嚢《ざいのう》を傾けてこれに贈りぬ。われは
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