Sを畫中に投じ入れたるにはあらずや。そは兎まれ角まれ、此畫に對して此情をなすは、恐らくは獨り我のみならず、こは我に先だてる幾多の詩人の亦免れざるところなりしなるべし。
險《けは》しきを行くこと夷《たひらか》なる如き筆力、望み瞻《み》る方嚮《はうかう》に從ひて無遠慮なるまで肢體の尺を縮めたる遠近法は、個々の人物をして躍りて壁面を出でしめんとす。昔基督の山上に在りて言語もて説き給ひし法(馬太《マタイ》五至七)は、今此大匠によりて色彩と形象ともて現されたるなり。吾人はラフアエロ[#「ラフアエロ」に傍線]と共に膝を此大匠の技倆の前に屈せんとす。此數多き預言者は、一つとして同じ人の石もて刻める摩西《モセス》に劣ることなし。何等の魁偉《くわいゐ》なる人物ぞ。堂に入るものゝ心目は先づこれがために奪はるゝなり。
吾人はこゝに心目を淨め畢《をは》りて、さて頭を擧げて堂の後壁に向ふなり。下は大床より上は天井に至るまで、立錐《りつすゐ》の地を剩《あま》さゞるこの大密畫は、即ち是れ一|顆《くわ》の寶玉にして、堂内の諸畫は悉くこれを填《うづ》めんがために設けし文飾ある枠《わく》たるに過ぎず。これを世の季《す
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