モしど》の跡を見、媼が經卷|珠數《じゆず》と共に藏したる我畫|反古《ほご》を見、また爐の側にて燒栗を噛みつゝ昔語せばやとおもふ心を聞え上げぬ。暇乞《いとまごひ》して出でんとせしとき、夫人は館を顧みてのたまふやう。學校は智育に心を用ゐると覺ゆれど、作法の末まではゆきとゞかぬなるべし。この子の禮《ゐや》するさまこそ可笑しけれ。世の中に出でん後は、これをも忽《ゆるがせ》にすべからず。されど、アントニオ[#「アントニオ」に傍線]よ、心をだに附けなば、そはおのづから直るべきものぞ。
 學校に還らんとて館を出でしは、まだ宵の程なりしが、街はいと暗かりき。羅馬の市に竿燈《かんとう》を點《つ》くるは近き世の事にて、其の頃はまださるものなかりしなり。狹き枝みちに歩み入れば、平ならざる道を照すもの唯だ聖母の像の御前《みまへ》に供へたる油燈のみなり。われは心のうちに晝の程の事どもを思ひめぐらしつゝ、徐《しづか》にあゆみを運びぬ。固より咫尺《しせき》の間もさやかには見えねば、忽ち我手に觸るゝものあるに驚きて、われはまだ何とも思ひ定めぬ時、耳慣れたる聲音にて、奇怪なる人かな、目をさへ撞《つ》きつぶされなば、道は
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