ゆきぬ。その折には苞苴《みやげ》もてゆくことなるが、そはをぢが嗜《たしな》めるおほ房の葡萄二つ三つか、さらずば砂糖につけたる林檎なんどなりき。われはをぢ御《ご》と呼びかけて、その手に接吻しき。をぢはあやしげに笑ひて、われに半「バヨツコ」を與へ、果子をな買ひそ、果子は食ひ畢《をは》りたるとき、迹かたもなくなるものなれど、この錢はいつまでも貯へらるゝものぞと教へき。
をぢが住めるところは、暗くして見苦しかりき。一|間《ま》には窓といふものなく、また一|間《ま》には壁の上の端に、破硝子《やれガラス》を紙もて補ひたる小窓ありき。臥床《ふしど》の用をもなしたる大箱と、衣を藏《をさ》むる小桶二つとの外には、家具といふものなし。をぢがり往け、といはるゝときは、われ必ず泣きぬ。これも無理ならず。母上はをぢにやさしくせよ、と我にをしへながら、我を嚇《おど》さむとおもふときは、必ずをぢを案山子《かゝし》に使ひ給ひき。母上の宣《の》たまひけるやう。かく惡劇《いたづら》せば、好きをぢ御の許にやるべし。さらば汝も磴《いしだん》の上に坐して、をぢと共に袖乞するならむ、歌をうたひて「バヨツコ」をめぐまるゝを待つな
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