らむとのたまふ。われはこの詞を聞きても、あながち恐るゝことなかりき。母上は我をいつくしみ給ふこと、目の球にも優れるを知りたれば。
向ひの家の壁には、小龕《せうがん》をしつらひて、それに聖母の像を据ゑ、その前にはいつも燈を燃やしたり。「アヱ、マリア」の鐘鳴るころ、われは近隣の子供と像の前に跪《ひざまづ》きて歌ひき。燈の光ゆらめくときは、聖母も、いろ/\の紐、珠、銀色したる心《しん》の臟などにて飾りたる耶蘇のをさな子も、共に動きて、我等が面を見て笑み給ふ如くなりき。われは高く朗なる聲して歌ひしに、人々聞きて善き聲なりといひき。或る時|英吉利《イギリス》人の一家族、我歌を聞きて立ちとまり、歌ひ畢《をは》るを待ちて、長《をさ》らしき人われに銀貨一つ與へき。母に語りしに、そなたが聲のめでたさ故、とのたまひき。されどこの詞は、その後我祈を妨ぐること、いかばかりなりしを知らず。それよりは、聖母の前にて歌ふごとに、聖母の上をのみ思ふこと能はずして、必ず我聲の美しきを聞く人やあると思ひ、かく思ひつゝも、聖母のわがあだし心を懷けるを嫉《にく》み給はむかとあやぶみ、聖母に向ひて罪を謝し、あはれなる子に慈悲
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