」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]みし菫の花束と、ペスツム[#「ペスツム」に二重傍線]祠の圓柱とを憶ひ起すことを禁ずること能はざりき。話頭は轉じて自然の美に入り、ロオザ[#「ロオザ」に傍線]は拿被里《ナポリ》の山水の景の慕はしさを説き出せり。われはこの好機會を得て、ヱネチア[#「ヱネチア」に二重傍線]を去る意を洩しつ。そは思ひも掛けぬ事かなとロオザ[#「ロオザ」に傍線]訝《いぶか》れば、さては最早再び此地には來給ふまじきかとマリア[#「マリア」に傍線]氣遣ふさまなり。否々、ミラノ[#「ミラノ」に二重傍線]まで往かば、又此地を經て羅馬に還らんとこそ思ひ候へと我は答へつれど、實はまだこゝを立ちていづ方に往かんとも思ひ定めざりしなり。
わがヱネチア[#「ヱネチア」に二重傍線]に別るゝ涙を見せしは、アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]が墓とマリア[#「マリア」に傍線]が居間とのみなりき。墓に詣でゝは、石上に殘れる輪飾《わかざり》の一葉を摘みて、夾袋《けふたい》の中に藏《をさ》めつ。われは此石の下に、唯だ一團の塵を留むるのみなるを知る、アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]が魂の聖母《マドンナ》の御許《みもと》に在り、その影の我胸中に在りて、此石の下なる塵のわが執着すべき價あるものにあらざるを知る。されどわれは猶低徊して此方數尺の地を去ること能はざりき。市長《ボデスタ》の家に往きては一家の人々とポツジヨ[#「ポツジヨ」に傍線]との餞宴《せんえん》を受けたり。市長は三鞭酒《シヤンパニエ》の盃を擧げて別を告げ、ポツジヨ[#「ポツジヨ」に傍線]はめぐる車の云々《しか/″\》といふ旅の曲と、自由なる自然に遊ぶ云々といふ鳥の歌とを唱ひぬ。ロオザ[#「ロオザ」に傍線]は、君若し妻を娶《めと》り給はゞ、偕《とも》に我家に來給へ、我は君が物語の中なる彼|亡人《なきひと》を愛する如く、君の伴ひ來給はん其人をも愛せんといひ、マリア[#「マリア」に傍線]は唯だ、健《すこや》かに樂しげにて、又我家をおとづれ給へといひぬ。
ポツジヨ[#「ポツジヨ」に傍線]は例の「ゴンドラ」の舟にて、フジナ[#「フジナ」に二重傍線]まで送らんとて、我と共に立出づれば、ロオザ[#「ロオザ」に傍線]とマリア[#「マリア」に傍線]とは出窓に立ちて、紛※[#巾+兌]《てふき》を打振りぬ。別に臨みてポツジヨ[#「ポツジヨ」に傍線]は聲高く笑ひつゝ、許嫁《いひなづけ》の女|極《き》まらば、彼約束を忘るなといひぬ。われは、けふさる戲言《ざれごと》いふことかはと戒《いまし》めつゝも、心の中にその笑顏の涙を掩ふ假面《めん》なるをおもひて、竊《ひそか》に友の情誼に感じぬ。
車は情なくして走り、一|堆《たい》の緑を成せるブレンタ[#「ブレンタ」に二重傍線]の側を過ぎ、垂楊の列と美しき別業《べつげふ》とを見、又遠山の黛《まゆずみ》の如きを望みて、夕暮にパヅア[#「パヅア」に二重傍線]に着きぬ。聖《サン》アントニウス[#「アントニウス」に傍線]寺の七穹窿は、恰も好し月光に耀けり。柱列の間には行人|絡繹《らくえき》として、そのさまいと樂しげなれども、われは獨り心の無聊《ぶれう》に堪へざりき。
白晝《まひる》となりてより、我無聊は愈※[#二の字点、1−2−22]甚だしければ、又車を驅りてこゝを立ち、一の平原に入りぬ。緑草の鬱茂せるさまはポンチニイ[#「ポンチニイ」に二重傍線]の大澤《たいたく》に讓らず。瀑布の如くなる大柳樹は古塚を掩《おほ》ひ、所々に聖母《マドンナ》の像を安じたる贄卓《にへづくゑ》を見る。像の古《ふ》りたるは色褪《いろあ》せて、これを圍める彩畫ある板壁さへ、半ば朽ちて地に委《ゆだ》ねたれど、中には聖母兒《せいぼじ》の丹粉《にのこ》猶|鮮《あざやか》かなるもなきにあらず。御者はその古きに逢ひては顧みだにせねど、その新なるを見るごとに、必ず脱帽して過ぐ。われはその何の心なるを知らずして、唯※[#二の字点、1−2−22]聖母の貴きすら、色褪せては人に崇《あが》めらるゝことなきを歎じたり。
ヰチエンツア[#「ヰチエンツア」に二重傍線]を過ぎぬれど、パラヂオ[#「パラヂオ」に傍線](中興時代の名ある畫師)が美術も光明を我胸の闇に投ずること能はざりき。ヱロナ[#「ヱロナ」に二重傍線]は始て稍※[#二の字点、1−2−22]我心を動したり。石級のコリゼエオ[#「コリゼエオ」に二重傍線]に似たるありて、幸に兵燹《へいせん》を免れ、人をして小羅馬に入る感あらしむ。柱列の間《あひだ》なる廣き處は、今税關となり、演戲場の中央には、板を列ね幕を張りて、假に舞臺を補理《しつら》ひ、旅役者の興行に供せり。夜に入りて我は試《こゝろみ》に往きて看つ。ヱロナ[#「ヱロナ」に二重傍線]
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