轤ホ/\、アントニオ[#「アントニオ」に傍線]の君よ。過ぎ去りしは苦痛、現然せるは安樂にして末期は今と存※[#「まいらせそろ」の草書体文字、145−下−23]。アントニオ[#「アントニオ」に傍線]の君よ。又マリア[#「マリア」に傍線]の君よ。私の爲めに祈祷し給へかし。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ]アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]。
悲歎の極には聲なく涙なし。我は茫然として涙に濡れたる遺書を瞠視《だうし》すること久しかりき。暫しありて、猶封中より落ち散りたりし一ひら二ひらの紙を取り上げ見れば、一はわが拿破里《ナポリ》に往くとしるして、フルヰア[#「フルヰア」に傍線]のおうなに渡しゝ筆の蹟《あと》なり。又一はベルナルドオ[#「ベルナルドオ」に傍線]がアヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]に與へし文にして、負傷の爲めに床に臥したりし程の、懇《ねんごろ》なる看護の恩を謝し、今はよしなき望を絶ちて餘所の軍役に服せんとおもへば、最早羅馬にて相見ることはあらじと書せり。嗚呼、おもひの外の事どもなるかな。アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]は初より我を戀ひたりしなり。我が拿破里に往くことを得しは、アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]の惠なりしなり。拿破里の旅店より書を寄せて、相見んことを求めしはアヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]にしてサンタ[#「サンタ」に傍線]にはあらざりしなり。その恩情|窮《きはまり》なきアヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]は今や亡き人となりしなり。さるにてもアヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]はマリア[#「マリア」に傍線]を病床に招き寄せて、いかなる事を物語りし。既にマリア[#「マリア」に傍線]をわがいひなづけの妻といへば、巷説は早くアヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]の病床に聞え居りて、マリア[#「マリア」に傍線]さへ其口より、さがなき人の言草《ことぐさ》を聞きつるなるべし。再びマリア[#「マリア」に傍線]の面を見んは影護《うしろめた》き限なれども、アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]の爲めにも我が爲めにも天使に等しきマリア[#「マリア」に傍線]に、一ことの謝辭を述べずして止まんやうなし。
舟を倩《やと》ひて市長《ボデスタ》の家に往きしに、ロオザ[#「ロオザ」に傍線]とマリア[#「マリア」に傍線]とは一と間の中にありて手仕事に餘念なかりき。我はしばし相對して物語しつれど、心に言はんと欲する事の、口に言ひ難ければ、問はるゝことあるごとに、あらぬ答をのみしたりき。ロオザ[#「ロオザ」に傍線]は忽ち我手を把《と》りて口を開きて云ふやう。おん身は深き憂に沈み居給ふとおぼし。われ等の君がまことの友たるを知り給はゞ、打開けて物語し給へと云ふ。われ。さなり。君は何事をも知り給ふならん。ロオザ[#「ロオザ」に傍線]。否われは未だ何事をも知らず。マリア[#「マリア」に傍線]こそは聞きつることもあらめ。(マリア[#「マリア」に傍線]は鼻じろみて、その詞を遮らんとしたり。)われ。おん身二人には、われ又何事をか隱し候ふべき。初よりの事のもとすゑを打開けんも我が心やりなれば、煩はしけれど聞き給へとて、われは昔語《むかしがたり》をぞ始めける。よるべなき孤《みなしご》なりし生立《おひたち》より、羅馬にてアヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]と相識り、友なりけるベルナルドオ[#「ベルナルドオ」に傍線]を傷けて、拿破里に逃れ去りし慘劇まで、涙と共に語り出でしに、可憐なるマリア[#「マリア」に傍線]の掌《たなそこ》を組合せて、我面を仰ぎ見るさま、我記憶の中に殘れるフラミニア[#「フラミニア」に傍線]が姿に髣髴《さもに》たり。われはマリア[#「マリア」に傍線]が面前にありて、ララ[#「ララ」に傍線]が事、琅※[#「王+干」、第3水準1−87−83]洞《らうかんどう》の事のみは、語ることを憚りたれば、直ちにヱネチア[#「ヱネチア」に二重傍線]にての再會の段に移りて、アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]の末路を敍し畢《をは》りぬ。ロオザ[#「ロオザ」に傍線]。おん身の上に、さる深き關繋あるべきをば、初め少しも知らざりき。さきの日尼寺の病室より、識らぬ女の文とゞきて、今生死の際に在るものなるが、マリア[#「マリア」に傍線]に逢ひて申し殘したき事ありといへば、舟にてかしこに伴ひゆき、われは尼達の許に留まりて、マリア[#「マリア」に傍線]を病人の室に遣りぬ。マリア[#「マリア」に傍線]。かくてその人に逢ひ侍りぬ。記念《かたみ》の一封をばさきに渡しまゐらせつ。我。アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]はその時何とか申し候ひし。マリア[#「マリア」に傍線]。人知れずこれをアントニオ[#「アントニオ」に
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