i立坊《たちんばう》抔《など》の類)の裸※[#「ころもへん+呈」、第3水準1−91−75]《らてい》なるが煖き沙《すな》に身を埋めて午睡せるあり。その常に戴ける褐《かち》色の帽は耳を隱すまで深く引き下げられたり。寺院の鐘は鳴り渡れり。紫衣の若僧の一行あり。頌《じゆ》を唱へて過ぐ。捧ぐる所の磔像《たくざう》には、新に摘みたる花の環を懸けたり。
市の上なる山の左手に、深き洞穴に隣れる美しき大僧堂あり。今は外人《よそびと》の旅館となりて、凡そこゝに來らん程のもの一人としてこれに投ぜざるはなし。夫人をば輿《こし》に載せて舁《か》かせ、我等はこれに隨ひて深く巖《いはほ》に截《き》り込みたる徑《こみち》を進みぬ。下には清き蒼海を瞰《み》る。一行は僧堂の前に留りぬ。内暗き洞穴は我等に向ひて其|※[#「月+咢」、第3水準1−90−51]《あぎと》を開けり。穴の裏《うち》には十字架三基ありて、耶蘇と二賊との像これに懸り、巖上には彩衣を着て大いなる白き翼を負ひたる數人の天使|跪《ひざまづ》けり。皆美術品などいふべき限のものにはあらず、木もて彫り斑《まだら》にいろどりたるまでなり。されど信仰の温き情は影を此拙作の上に留めて、おのづから美を現ぜり。
小《ちさ》き中庭を歩みて宿るべき部屋々々に登り着きぬ。我室の窓より見れば、烟波|渺茫《べうばう》として、遠きシチリア[#「シチリア」に二重傍線]のあたりまで只だ一目に見渡さる。地平線の際《きは》に、しろかね色したるものゝ點々數ふべきは舟なり。
ジエンナロ[#「ジエンナロ」に傍線]は我を遊歩に誘はんとて來ぬ。いかに詩人よ。共に麓のかたに降り行きて、かしこの風景の美のこゝに殊なりや否やを見んとおもはずや。少くも女性の美は麓のかたの優れたること疑ふべからず。こゝの隣房なる英吉利《イギリス》婦人の色蒼ざめて心冷なるは、我が堪ふること能はざる所なり。おん身も女子《をなご》を見ることをば嫌ひ給はぬならん。恕《ゆる》し給へ、こは我ながらおろかなる問なりき。女子を見ることを嫌ひ給はねばこそ、君はこゝらわたりを彷徨《さまよ》ひて、我は又この邂逅の奇縁を結ぶことを得つるなれ。斯く戲れつゝ、ジエンナロ[#「ジエンナロ」に傍線]は我を促し立てゝ石徑を下り行けり。途《みち》すがら又いふやう。猶忘れ難きは彼の目しひたる娘の美しさなり。拿破里に歸りての後、カラブリア[#「カラブリア」に二重傍線]酒《ざけ》誂へんをりは、かの娘をも共に取寄せんとぞおもふ。我血を沸き立たしむる功は此も彼に讓らざるべし。
我等は市街に歩み入りぬ。アマルフイイ[#「アマルフイイ」に二重傍線]の市は裹《つゝ》める貨物《しろもの》をみだりに堆積したる状《さま》をなせり。羅馬なる猶太街《ゲツトオ》の狹きも、これに比べては尚|通衢《つうく》大路《おほぢ》と稱するに足るならん。こゝの街といふは、まことは家と家との間に通じ、又は家を貫きて通じたるろぢの類《たぐひ》のみ。或るときは狹く長き歩廊を行くが如く、左右に小き窓ありて、許多《あまた》の暗黒なる房《へや》に連《つらな》れり。或るときは巖壁と石垣との間に、二人並び歩むに堪へざるばかりの道を開けるが、暗くして曲り、濕りて穢《けが》れ、級を登り級を降りて、その窮極するところを知らず。我等はをり/\身の戸外に在るを忘れて、大いなる廢屋の内を彷徨《さまよ》ふ念《おもひ》をなせり。所々燈を懸けて闇を照すを見る。而して山上は日獨り高かるべき時刻なりしなり。
既にして我等は稍※[#二の字点、1−2−22]|開豁《かいくわつ》なる處に出でたり。一の石橋あり。こなたの巖端《いははな》よりかなたの巖端に架したり。橋下の辻は市内第一の大逵《ひろこうぢ》なるべし。二少女ありて「サタレルロ」の舞を演せり。貌《かほばせ》めでたく膚|褐《かち》いろなる裸※[#「ころもへん+呈」、第3水準1−91−75]《らてい》の一童子の、傍に立ちてこれを看るさま、愛《アモオル》の神童に彷彿《はうふつ》たり。人の説くを聞くに、この境《さかひ》寒《さむさ》を知らず、數年前|祁寒《きかん》と稱せられしとき、塞暑針は猶八度を指したりといふ。(寒暑針はレオミユウル[#「レオミユウル」に傍線]式ならん。)
巖頭に小さき塔ありて、美しき入江の景色の、遠く大小二島の邊まで見ゆる處より、蘆薈《ろくわい》、「ミユルツス」の間を通ずる迂曲《うきよく》せる小みちあり。これを行けば、幾《いくばく》もあらぬに、穹窿《きゆうりゆう》の如く茂りあへる葡萄《ぶだう》の下に出づ。我等は渇を覺えぬれば、葡萄圃のあなたに白き屋壁の緑樹の間より見ゆるを心あてに歩《あゆみ》をそなたへ向けたり。輕暖の空氣の中には草木の香みち/\て、美しき甲蟲《かぶとむし》あまた我等の身邊に飛びめぐれり。
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