|に散布せるによりて、いよ/\その美觀を添へ、人をして自然の大なるすら羅馬の蘇生祭には歩を讓りたるを感ぜしむ。鐘の響、樂の聲はこゝまでも聞えたり。
われは車を下りて、些の稍事《せうじ》を買はゞやと酒店の中に入りぬ。店の前には狹き廊ありて、小龕《せうがん》に聖母を崇《いつ》きまつり、さゝやかなる燈を懸けたり。わが店を出でんとて彼龕の前に來ぬるとき、忽ちベルナルドオ[#「ベルナルドオ」に傍線]が吾前に立ち塞がりたるを見き。その面の色は、むかし「ジエスヰタ」派の學校のこゝろみの日に、桂冠を受け戴きしをりに殊ならず。眼は熱を病める如くかゞやけり。物狂ほしく力を籠《こ》めて我|臂《ひぢ》を握り、あやしく抑へ鎭《しづ》めたる聲して、アントニオ[#「アントニオ」に傍線]、われは卑しき兇行者たらんを嫌へり、然らずば直ちに此劍もて汝が僞多き胸を刺すならん、汝は臆病ものなれば辭《いな》まむも知れねど、われは強ひて潔《いさぎよ》き決鬪を汝に求む、共に來れといふ。われは把《と》られたる臂を引き放さんとすまひつゝ、ベルナルドオ[#「ベルナルドオ」に傍線]、物にや狂へると問ふに、友は焦燥《いらだ》つ聲を抑へて、叫ばんとならば叫べ、男らしく立ち向ふ心なくば、人をも呼べ、この兩腕の縛らるゝ迄には、汝が息の根とめでは置かじ、兵《えもの》はこゝにあり、我に恥ある殺人罪を犯させじとおもはゞ疾く來れといひつゝ、拳銃一つ我手にわたし、われを廊の外に拉《ひ》き行かんとす。われは遞與《わた》されたる拳銃を持ちながら、猶身を脱せんとして爭へり。友。彼君は淺はかにも汝に靡《なび》きしならん。汝は誇らしくも、そを我に、そを羅馬の民に示さんとす。われを出し拔きしは猶忍ぶべし。いかなれば我に弔辭《くやみ》めきたる書を贈りて、重ねて我を辱めたる。われ。ベルナルドオ[#「ベルナルドオ」に傍線]、そは皆病める人の詞なり。先づその手を弛《ゆる》めずや。われは力を極めて友の體を撥《は》ね退けたり。
その時われは銃聲の耳邊に轟くを聞きたり。我右臂には衝動を感じたり。烟は廊道《わたどのみち》に滿ちたり。われは又叫ぶに似て叫ぶにあらざる一種の氣息を聞きたり。この氣息の響は我耳を襲ふよりは寧ろ我心を襲ひき。發したるは我手中の銃にして、黒く數石を染めたる血に塗《まみ》れて我前に横れるは我友なり。われは喪心者の如く凝立して、拘攣《こうれん》せる五指の間に牢《かた》く拳銃を攫《つか》みたり。
わが此不慮此不幸の全範圍を感ぜしは、酒店の人の罵り噪《さわ》ぎつゝ走り寄りアヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]と媼との我前に來るを見し時なりき。わがベルナルドオ[#「ベルナルドオ」に傍線]と叫びて、その躯《からだ》に抱き付かんとするに先だちて、姫は早くもその傍に跪き、鮮血湧き出づる創口を押へたり。姫はかく我友をいたはりつゝ、血の色全く失《う》せたる面を擧げて、我を凝視せり。媼は我臂を搖り動かして、疾《と》く此場をと呼べり。
われは胸裂くるが如き苦痛を覺えき。われは叫び出せり。思ひ掛けぬ怪我なり。殺さんと欲せしは他《かれ》なり。銃は他の我にわたしゝなり。われは身を脱せんとして撥條《はつでう》に觸れたり。アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]聞き給へ。我等二人は命に懸けて君を慕ひしなり。君がために血を流さんことは、われも厭はざるべきこと、我友と同じ。われはおん身が一言を聞きて去らん。おん身は我友を愛し給ひしか、我を愛し給ひしか。
友の介抱に餘念なき姫は、詞のあやもしどろに、疾く往き給へといひて、手を揮《ふ》りたり。姫は往き給へと繰反したり。われは心もそらに再び、友なりしか我なりしかと叫びたり。
その時われはアヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]が友の上に俯して唇をその※[#「桑+頁」、第3水準1−94−2]《ひたひ》に觸るゝを見、その聲を呑みて微かに泣くを聞きたり。
次第に集りたる衆人の中より、忽ち邏卒々々《らそつ/\》と呼ぶ聲を聞けり。われは目に見えぬ幾條の腕もて拉《ひ》き去らるゝ心地して、此場を遁《のが》れたり。
基督の徒
愛せられしは友なり。この一條の毒箭《どくや》は我渾身の血を濁して、人を殺せり友を殺せりといふ悔悟の情の頭を擡《もた》ぐるをさへ妨げんとす。灌木雜草を踏みしだき、棘《いばら》に面を傷《きずつけ》られ、梢に袖を裂かれつゝも、幾畝の葡萄畠を限れる低き石垣を乘り越え乘り越え、指すかたをも分かでモンテ、マリヨ[#「モンテ、マリヨ」に二重傍線]の丘を走り下るに、聖ピエトロ[#「ピエトロ」に傍線]の御寺の火は、昔カイン[#「カイン」に傍線]の奔《はし》りしとき、同胞の躯《からだ》を供へたる贄卓《にへづくゑ》の火のゆくてを照しゝ如くなり。(譯者云。カイン[#「カイン」に傍線]は亞
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