黷スび意を決して俳優の群に投ぜば、多少の發展を見んこと難《かた》からざるべし。ベルナルドオ[#「ベルナルドオ」に傍線]畢竟|何爲者《なにするもの》ぞ。その年ごろ姫に近づかんとする心にして、公正なる情ならば、われ決してこれが妨碍《ばうげ》をなさじ。友と我との間に擇《えら》ばんは、一にアヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]が寸心に存ず。姫我を取らば友去れかし。友を取らば我|退《ひ》かん。この日われは机に對《むか》ひて書を裁し、これをベルナルドオ[#「ベルナルドオ」に傍線]が許に寄せたり。筆を落すに臨みて舊情を喚び起せば、不覺の涙紙上に迸りぬ。發送せし後は心やゝ安きに似たれど、或は姫を失はんをりの苦痛を想ひ遣りて、プロメテウス[#「プロメテウス」に傍線]の鷲の嘴《くちばし》に刺さるゝ如き念《おもひ》をなし、或は姫に許されて戲場を雙棲のところとなさん日の樂|奈何《いか》なるべきと思ひ浮べて、獨り微笑を催すなど、ほとほど心亂れたる人に殊ならざりき。

   燈籠、わが生涯の一轉機

 夕の勤行《ごんぎやう》の鐘響く頃、姫と媼とを伴ひて御寺《みてら》の燈籠見に往きぬ。聖ピエトロ[#「ピエトロ」に傍線]の伽藍《がらん》には中央なる大穹窿、左右の小穹窿、正面の簷端《のきば》、悉く透き徹《とほ》りたる紙もて製したる燈籠を懸け連ねたるが、その排置いと巧なれば、此莊嚴なる大廈は火※[#「諂のつくり+炎」、第3水準1−87−64]の輪廓もて青空に畫き出されたるものゝ如くなり。人の群れ集《つど》へること、晝の祭の時にも増されるにや、車をば並足《なみあし》にのみ曳かせて、僅に進む事を得たり。神使の橋の上より、御寺の全景を眺むるに、燈の光は黄なるテヱエル[#「テヱエル」に二重傍線]河の波を射て、遊び嬉《たのし》む人の限を載せたる無數の舟を照し、爰《こゝ》に又一段の壯觀をなせり。樂の聲、人の歡び呼ぶ聲の滿ちわたれるピエトロ[#「ピエトロ」に傍線]の廣こうぢに來りし時、火を換ふる相圖《あひづ》傳へられぬ。御寺《みてら》の屋根々々に分ち上したる數百の人は、一齊に鐵盤中なる松脂環飾《やにのわかざり》に火を點ず。小き燈のかず/\忽ち大火※[#「諂のつくり+炎」、第3水準1−87−64]と化したる如く、この時|聖《サン》ピエトロ[#「ピエトロ」に傍線]の寺は羅馬の大都を照すこと、いにしへベトレヘム[#「ベトレヘム」に二重傍線]の搖籃の上に照りし星にもたとへつべきさまなり。(原註。寺院もそのめぐりなる家屋も、皆石もて築き立てたるものなれば、この盤中の火は松脂の盡くるまで燃ゆれども、火虞《くわぐ》あるべきやうなし。)群衆の歡び呼ぶ聲はいよ/\盛になりぬ。アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]この活劇を眺めたるが、遽《にはか》に我に向ひていふやう。かの大穹窿の上なる十字架に火皿を結び付くる役こそおそろしけれ。おもひ遣るに身の毛いよ竪《た》つ心地す。われ。げに埃及《エヂプト》の尖塔にも劣らぬ高さなり。かしこに攀《よ》ぢしむるには膽《きも》だましひ世の常ならぬ役夫を選むことにて、預《あらかじ》め法皇の手より膏油の禮を受くと聞けり。姫。さてはひと時の美觀のために、人の命をさへ賭《と》するなりしか。われ。これも神徳をかゞやかさんとての業なり。世には卑しき限の事に性命を危くする人さへ少からず。かく語るうち、車の列は動きはじめたり。人々はモンテ、ピンチヨオ[#「モンテ、ピンチヨオ」に二重傍線]の頂にゆきて、遙かにかゞやく御寺と其光を浴《あ》むる市とを見んとす。われ重ねて。御寺に光を放たせて、都の上に照りわたらしむるは、いとめでたき意匠にて、コルレジヨオ[#「コルレジヨオ」に傍線]が不死の夜の傑作も、これよりや落想しつるとおもはる。姫。さし出《で》がましけれど、そのおん説は時代たがへり。彼圖は御寺に先だちて成りたり。作者は空《くう》に憑《よ》りて想ひ得しなるべく、又まことに空に憑りて想ひ得たりとせんかた、藍本《らんぽん》ありとせんよりめでたからん。モンテ、ピンチヨオ[#「モンテ、ピンチヨオ」に二重傍線]は餘りに雜※[#「二点しんにょう+鰥のつくり」、第4水準2−89−93]《ざつたふ》すべければ、やゝ遠きモンテ、マリヨ[#「モンテ、マリヨ」に二重傍線]へ往かばや。こゝより市門まではいと近ければといふ。われは馭者に命じて、柱廊の背後を※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]らしめ、幾ほどもなく市外に出でたり。丘の半腹なる酒店の前に車を停めて見るに、穹窿の火の美しさ、前に見つるとはまた趣を殊にして、正面の簷《のき》こそは隱れたれ、星を聯《つら》ねたる火輪の光の海に漂《たゞよ》へるかとおもはる。この景色は四邊《あたり》のいと暗くして、大空なるまことの星の白かねの色をなして、高く隔たりたる
前へ 次へ
全169ページ中68ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
アンデルセン ハンス・クリスチャン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング