い》に、こゝに刑せられし強人《ぬすびと》の骨なるべし。これさへ我心を動すことたゞならざりき。山中の水を羅馬の市に導くなる、許多《あまた》の筧《かけひ》の數をば、はじめこそ讀み見むとしつれ、幾程もあらぬに、倦《う》みて思ひとゞまりつ。さて我は母上とマリウチア[#「マリウチア」に傍線]とに問ひはじめき。壞れ傾きたる墓標のめぐりにて、牧者が焚く火は何のためぞ。羊の群のめぐりに引きめぐらしたる網は何のためぞ。問はるゝ人はいかにうるさかりけむ。
アルバノ[#「アルバノ」に二重傍線]に着きて車を下りぬ。こゝよりアリチア[#「アリチア」に二重傍線]を越す美しき道の程をば徒《かち》にてぞゆく。木犀草《もくせいさう》(レセダ)又はにほひあらせいとう(ヘイランツス)の花など道の傍に野生したり。緑なる葉の茂れる橄欖樹《オリワ》の蔭は涼しくして、憩ふ人待貌なり。遠き海をば、我も望み見ることを得き。十字架立ちたる山腹を過ぐるとき、少女子の一群笑ひ戲れて過ぐるに逢ひぬ。笑ひ戲れながらも、十字架に接吻することをば忘れざりき。アリチア[#「アリチア」に二重傍線]の寺の屋根、黒き橄欖の林の間に見えたるをば、神の使が戲《たはむれ》に据ゑかへたる聖《サン》ピエトロ[#「ピエトロ」に傍線]寺の屋根ならむとおもひき。索にて牽《ひ》かれたる熊の、人の如くに立ちて舞へるあり。人あまた其|周《めぐり》につどひたり。熊を牽ける男の吹く笛を聞けば、こは羅馬に來て聖母の前に立ちて吹く、「ピツフエラリ」が曲におなじかりき。男に軍曹と呼ばるゝ猿あり。美しき軍服着て、熊の頭の上、脊の上などにて翻筋斗《とんぼがへり》す。われは面白さにこゝに止らむとおもふほどなりき。ジエンツアノ[#「ジエンツアノ」に二重傍線]の祭も明日のことなれば、止まればとて遲るゝにもあらず。されど母上は早く往きて、友なる女房の環飾編むを助けむとのたまへば、甲斐なかりき。
幾程もなく到り着きて、アンジエリカ[#「アンジエリカ」に傍線]が家をたづね得つ。ジエンツアノ[#「ジエンツアノ」に二重傍線]の市にて、ネミ[#「ネミ」に二重傍線]といふ湖に向へる方にありき。家はいとめでたし。壁よりは泉湧き出でゝ、石盤に流れ落つ。驢馬あまたそを飮まむとて、めぐりに集ひたり。
料理屋に立ち入りて見るに賑しき物音我等を迎へたり。竈《かまど》には火燃えて、鍋の裡なる食は煮え
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