上りたり。長き卓あり。市人も田舍人も、それに倚りて、酒飮み、※[#「酉+奄」、第3水準1−92−87]藏《しほづけ》にせる豚を食へり。聖母の御影の前には、青磁の花瓶に、美しき薔薇花を活けたるが、其傍なる燈は、棚引く烟に壓されて、善くも燃えず。帳場のほとりなる卓に置きたる乾酪の上をば、猫跳り越えたり、鷄の群は、我等が脚にまつはれて、踏まるゝをも厭はじと覺ゆ。アンジエリカ[#「アンジエリカ」に傍線]は快く我等を迎へき。險しき梯《はしご》を登りて、烟突の傍なる小部屋に入り、こゝにて食を饗せられき。我心にては、國王の宴《うたげ》に召されたるかとおぼえつ。物として美しからぬはなく、一「フオリエツタ」の葡萄酒さへ其瓶に飾ありて、いとめでたかりき。瓶の口に栓がはりに※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]したるは、纔《わづか》に開きたる薔薇花なり。主客三人の女房、互に接吻したり。我も否《いな》とも諾《う》とも云ふ暇なくして、接吻せられき。母上片手にて我頬を撫《さす》り、片手にて我衣をなほし給ふ。手尖《てさき》の隱るゝまで袖を引き、又頸を越すまで襟を揚げなどして、やう/\心を安《やすん》じ給ひき。アンジエリカ[#「アンジエリカ」に傍線]は我を佳《よ》き兒なりと讚めき。
食後には面白き事はじまりぬ。紅なる花、緑なる梢を摘みて、環飾を編まむとて、人々皆出でぬ。低き戸口をくゞれば庭あり。そのめぐりは幾尺かあらむ。すべてのさま唯だ一つの四阿屋《あづまや》めきたり。細き欄《おばしま》をば、こゝに野生したる蘆薈《ろくわい》の、太く堅き葉にて援けたり。これ自然の籬《まがき》なり。看卸《みおろ》せば深き湖の面いと靜なり。昔こゝは火坑にて、一たびは焔の柱天に朝したることもありきといふ。庭を出でゝ山腹を歩み、大なる葡萄|架《だな》、茂れる「プラタノ」の林のほとりを過ぐ。葡萄の蔓は高く這ひのぼりて、林の木々にさへ纏ひたり。彼方の山腹の尖りたるところにネミ[#「ネミ」に二重傍線]の市あり。其影は湖の底に印《うつ》りたり。我等は花を採り、梢を折りて、且行き且編みたり。あらせいとうの間には、露けき橄欖の葉を織り込めつ。高き青空と深き碧水とは、乍《たちま》ち草木に遮られ、乍ち又一樣なる限なき色に現れ出づ。我がためには、物としてめでたく、珍らかならざるなし。平和なる歡喜の情は、我
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