出は芸人も変へたが、客の狙ひ所も一変してしまつた。今まではさういふものから縁遠かつた人たちを吸収しようとしてゐる事実。それが、ポピュラーなラジオやレコードでよりよく煽られてゐるのである。
 昨夜私ははじめて東宝の名人会に出かけて見たが(名人会の氾濫、何と名人の一世に瀰漫してゐることか、まことに泰平の御世である)私はなるほどと感心した。椅子は番号がついて、指定席の前売切符もあるとのこと。椅子に腰かけて落語を聞く気分なぞはどうかと、プログラムを見れば親切にちやんと話の題が日割になつて出てゐるし、ベルが鳴つてワリドンが引かれると(おお、ベルが鳴つて)芸人の名札が出る仕掛けになつてゐる。前後左右、丸ノ内的な人たちばかりである。れいの馬風が演説をつかふやうに立つて演じてゐる。習慣の問題であらうか、坐つて足をくづさないとやはりどうにも、聞きにくかつた。最も、かうした場所にぴつたりしてゐるのは徳川夢声の漫談で、これは努力なしに気持よくついて行けた。落語、講釈ともに、何かさうざうしく、話のすきまを虚ろな風の吹く感じ。出演人数が普通の席よりは少くみんな熱心にたつぷりと、いつもは枕を振るだけでお茶をにごし
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