》をおぼえたのだ。このロレツがしつかりとした言葉になつたのは、彼女が燐寸《マッチ》工場の女工になつてからであつたが。

     5

 歯ブラシにする牛の骨を柔かくするために、漬けた桶が幾つも並んでゐる。牛骨は黄色くて、臭い。仙吉はそこで働きだした。荒削部だ。白いザラザラの粉《こ》を頭から肩にかぶつた。新聞に労働争議の記事が多くのつた年だつた。職人(仙吉は労働者のことをかう云つた)たちは毎日熱心にこの記事を読んだ。ひる休みにもそのことばかりが話の種になつた。「日給を二十銭あげい云うて、E鋳物工場がストライキやつとる。うちもどうしても二十銭や三十銭はあげて貰はんならんやないか」有志のものは寄りあつて、同じ境遇である他の工場の労働者のストライキがどうして起るのかを研究しはじめた結果、この工場でもストライキにはひることになつた。「表門だけでなく、裏門をこしらへろ。多くの労働者はムダな廻り道をしなければならぬから」と云ふ要求まで出された。最初は怠業から始めた。そして、労働組合友愛会の支部に応援を求めた。「主義者」の仙吉には初めての経験のストライキであつた。彼は勇敢に戦つた。争議は永かつた。幾
前へ 次へ
全14ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
武田 麟太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング