行かねばならなかつた。
いつも仙吉には肩書きがついて廻つた。何故か主義者なのである。人民保護の巡査を殴つて前科一犯であつた。すると、次第に彼も兇暴になつて来た。歯には歯を以て酬いよ。待遇されるところを以て返礼しようと彼は考へ出した。少し金がはひると酒をのんだ。のまずにすませないのだ。そして地主と警察をののしつた。貧乏な生活からして金持の悪口を云はずにはをられなかつた。だが、そんな時の、マジメに聞いてゐる相手はいつもウメ子ひとりだ。小さい彼女はダマツて父の前に坐つてゐた。
小学校に通ひだした、ある秋の日、ウメ子は朝、出るとすぐ帰つて来た。その頃、仙吉はペンキ屋に雇はれてゐた。彼は百姓生れにも似ず筆蹟がよかつた。それが役に立つたのだ。ウメ子の姿を認めると大きな看板文字を書いてゐた仙吉は梯子の上からどなつた。「どうした、もう学校しもたのか」すると、ウメ子は説明した。平常通り学校へ出ると先生に叱られた。袴《はかま》をはいて来なかつたと云ふので。今日は天長節であつた。「先生は不忠者や云ひはつてん」仙吉は梯子の上から下りて来た。「何ぬかす。これから行つてその先生に云うてやる。貧乏人に不忠者も糞
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