の橋の上から、暗い川水を眺め、暫《しばら》くは動けなかつた。欄干には霜が白い。親方の二階に帰つて来、すでに寝てゐるウメ子の横に、空腹の仙吉は眠つた。明日《あす》出て行くことを宣言されるのも知らずに。
それから市の塵芥《ぢんかい》人夫になつて悪臭を頭に被つた。オイチニの薬売りになつて手風琴をならして歩いた。帰つて来るとウメ子はそれを玩《もてあそ》んだ。ブウブウと鳴るのだ。運河から荷を揚げて倉庫へ運ぶ人夫になつた。重い梱《こり》を肩にしてうつむき加減に搬《はこ》んでゐる仙吉の目の下に大きな手がその日の給料をのせてさし出された。驚いて梱を下し、肩あての布で汗をふきながら見ると、監督の男だ。仕事をやめて出て行けと云ふのである。ウメ子はまばらに草の生えてゐる川べりで、云ひわけをしてゐる父の姿を見てゐた。Sの歓楽場が計画された。仙吉は土方になつた。秋の空の下をトロッコに土をのせて走る。請負人は「なに、前科者でも、主義者でもかまふもんか。そんなこと気にせいで働け、働け。悪いやうにはせん」と云つた。しかし、S歓楽場の建設は中止になり、請負人は使用人に賃銀を払はずに逃亡した。ウメ子は七歳になり、学校へ
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