2
この小さい文章の書き手である武田はウメ子から、以上の話をきかされた。しかし、それは彼女がやつと四歳の時だ。だから、以上は彼女が実見したのではないだらう。父の仙吉が酔つぱらつて、幾度も彼女に話したのが、はつきりとした形を彼女の頭の中に作つたのにちがひない。彼らはO市へ出て来た。そして、それから十五年も経つ。十五年と云ふ年月は貧乏人のところでは色んな事件を起させるに十分だ。しかし、くはしいことは貧乏人である読者の想像に委せて、物語に必要な点だけを、書き抜かう。ウメ子の語つた通りに。
3
仙吉は色んな職業の中を転がつた。最初、車夫をした。町の道すぢもはつきり知らなかつた頃だ。脚を悪くして稼いだ。すると、警察から親方のところへ来た。村で小作料のことで地主と争つたことのために、彼は「社会主義者」の札《ふだ》をつけられてゐた。親方は曳き子の仙吉を逐《お》ふ決心をした。その夜、仙吉はやつと遊廓へ行く客を得て走つた。冴えた霜夜《しもよ》であつた。二十銭を受取つて帰つた。遅い夕食として夜泣きうどんを食はうとすると、確かにどんぶりの中へ入れた金がなかつた。仙吉は二時すぎ
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