から乾からびてしよつちゆう割れる音のしてゐる柱も、人間の色んな液汁が染みこんでゐて汚く悪臭を発散してゐる。表通に自動車が警笛をならして走るたびに部屋の振動するのは云ふまでもなく、べとべとしてゐて足裏に埃のいやにくつつく廊下や階段を誰かが歩いただけで、部屋全体が響けるのである。
油虫の多い炊事場は、二階階段の上《あが》り端《はな》に、便所と隣りあつてあるが、流しもとは狭くて水道栓は一つ、ガス焜炉は二つしかないので、支度時には混雑して、立つて空くのを待つてゐなければならない。
こんな不潔で不便でも、貸賃が安く、交通に都合がよいので、大抵の部屋はふさがつてゐるやうだ。六畳が十円で、ガス、水道、電燈料が一円五十銭――合計十一円五十銭の前家賃になつてゐる。多くは浅草公園に職を持つてゐるのであるが、彼らの借室人としての性質はどんなものであるか。
彼らはその家賃が部屋の設備からして高いと考へてゐる。できれば値下すべきであり、殊に最近の不景気で以前と同じ金を取るのはひどいと考へる。そして、そのことは一人一人で交渉するよりも、全体としてアパートの主人に談合すべきであると考へる。――ある夜、多くの者
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