られる原因をなしてゐる。
アパートと云つても――いや、そんな何となく小綺麗で、設備のよくととのつた西洋くさい貸部屋を意味する言葉を使つてはいけないだらう。何故かと云へば、卒塔婆《そとば》の破《や》れ垣《がき》の横を通つてその入口に達すると「あづまアバート[#「アバート」に傍点]」と書いた木札がかかつてゐて、ちやんと、アパートではないとことわつてゐる。
そこで、このアパートが普通の下宿屋|乃至《ないし》木賃宿とそんなにちがつたものでないと云つても、あやしむことなく理解されるだらう。それでも、下の入口の下駄箱の側にはスリッパが――アパートの主人はこれをスレッパと呼んでゐる――乱雑にぬぎすてられてあるし、廊下の両側の部屋には、褐色のワニス塗りのドアがついてゐ、中からも外からも鍵がかけられるやうになつてゐて、幾分西洋くさいアパートに近づかうとはしてゐる。けれども一旦部屋にはひると、部屋の境目がどう云ふわけか、襖《ふすま》やガラス障子でくぎられてゐるので――もちろん、これらは釘で打ちつけられてあけ閉《た》てできぬやうにはしてあるが、お互ひの生活は半ば丸出しと云つてよいのである。畳も壁も、それ
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