の二つの副業が、この主人の全体としては陰欝な表情のうちで、眼だけを生き生きとしたものにしてゐる。赤い瞳であるが、これを上眼使ひにしよつちゆう動かす時に、白眼がチラチラと冷く光るのである。調査に出かける場合にはどんな遠いところでも自転車に乗つて行き、脂じみた朴歯《ほおば》の下駄で鈍重に動作し、ぽつりぽつりともの云つて口数も少い。ところが、家に帰つて来ると、実にキビキビとして、一階から三階の間を馳《か》け廻り、部屋々々の様子をうかがつて、逢ふ人ごとに如才なく弁舌を振ふのである。――これは、彼のもう一つの副業がしからしめてゐるのであつて、すでに想像できるやうに、彼の三階建の家屋はアパートとして経営されてゐるのである。
 三階は、細君がお神楽《かぐら》三階は縁起が悪いと反対したのを押切つて、あとから建て増されたものだ。このことは主人の金の貯つて来たのを語ると共に、我々が墓地側から望む時、この家が傾いてゐるやうに見え、また、土の焜炉《こんろ》や瀬戸引の洗面器、時には枯れた鉢植の置かれてある部屋々々の窓が規則正しく配列されてなくて、大小三つある物干台と一しよに雑然と乱暴に積み重ねたやうな印象を与へ
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