のやうに、あらゆるものを自分のために利用しようとするのが、彼の特徴である。
 こんどの争義にしても、さうであつた。彼は決して、他の多くの説明者や音楽師たちのやうに死にもの狂ひに戦ふ必要はなかつたのである。――彼は解雇の後は、その常設館の事務員として使はれることになつてゐたから。
 しかし、彼には全従業員とはちがつた意味で争議に参加する必要があつた。それは、どんなことであつても、この問題では従業員が闘争を始める。会社としては出来るだけ争議団の敗北に導かねばならないが、それには内部のダラ幹の力に待つところが多いのである。闘争が激化しないやうに安全弁の役目をつとめることが一つ、それからもう一つの必要は、全然、彼の個人的な問題だが、その常設館の営業主任がどうも彼とは合はないので、争議をここから始めるならば、主任はその責任上解職又は他の館へ転任させられるだらう。それを彼は目的としたのである。
 そして、闘争はダラ幹の表面的な煽動をまつまでもなく起つた。けれども、肥えた白足袋の説明者なぞは、さうした大衆の蹶起《けつき》は、自分たちの指一本でなされたものと、自分たちの力を誇張して考へてゐる。
 争議
前へ 次へ
全38ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
武田 麟太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング