立ち働いてゐた小娘だ。多くの女性に対して彼は好意は持つてゐたが、彼女たちの方では彼を無視してゐるので、いつか、誰それを特別に好くと云ふやうな気持は失ひ、漫然とどの女も自分とは関係のないものとして、同一に眺める習慣がついて了つてゐる。ところが、その小娘が彼に馴々しく近寄つて来たので、彼は少しく狼狽したのである。そして、女に対してずつと持つて来た冷淡な気持は、勝手なことにはすつかり消え失せて、熱心にすべての女を親愛の情を以て見はじめた程であつた。
女は彼に相談したいことがあると云つた。彼は落ちつきを失つて、どんなことを持ちかけられても、すぐに応じて了ふほど、心構へをなくしてゐた。また、何でもしてやりたいと云ふ、甘い気持になつてゐたのも事実である。
彼は女の話を聞いて、をかしい程、すつかり昂奮して了つた。一人の女が自分の前にゐて、それが田舎《ゐなか》の達磨茶屋《だるまぢやや》に売られて行くと云ふ、自分はそれを救はうと思へば、できないこともない、一人の女をむごたらしい運命から防いでやれる、大きなことだ、――なぞと、頭の中で繰りかへした。彼はとつさに、女をさうした逆境に突き落す金がいくらであ
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