云つてゐる。
そして、四号室の女給を嫉妬するわけだが、それは全然意識しないで、彼女の悪口を盛んに云ふのである。女給の女房れんに評判の悪い原因は主としてこの点にある。
――かうした人生の損をしてゐる彼はもう一つ悲劇を背負つてゐる。それは、彼が女給である情婦を心から愛して了つたことである。女を全体として信用できない男が、一人の女を愛するとは!
彼は他の女との交渉中に、烈しく情婦の女給に対して嫉妬を感じることがある。この脆い女と同性である情婦も亦、このやうな姿態を他の男に示すのではないか、と云ふ考へが突然彼を苦しめるのである。自分の好色漢的な行為が却つて、嫉妬をひき起す動因になるなぞは救はれないことだ。
更にこの悲劇が単なる悲劇として終つてゐるのであるが、それはこの顛倒《てんたう》した嫉妬に当るだけの行為が、情婦に少しもないことである。彼が接した数千の女性のうちで最も物堅いのが自分の情婦であつたことは、彼を救はないばかりか、益々疑ひ心の迷路に彼をひきずりこんでゐる。
かつて、暴力団狩のあつた時、彼の仲間も挙げられたのであるが、彼はその男の情婦で四号室の女と同じカフェーに働いてゐるの
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