た。しかし、すでに、毛並の光沢はなく、ざらざらとした感じの小汚い狐は、一片を咬へてゐたのだ。
「――はい、はい、ありがたうござります」
大袈裟にお辞儀をして、老人はその紙を取りあげた。
「――や、ありがたい、悦びなはれ、……何も案じることはないわ、病気まもなく快方に向ふべしとあるわ、末吉やがな」
と、「高等乞食」の眼の前に突出した。
「――さア、それから、こんどは、あんたの番や」
偶然にしろ、不吉な判断が出なくてよかつたと、私は悦んだ。
「――さア、お狐さま、どうど、お願ひ致しまつせ、……さア、早よ、お取り下さりませ、……や、いつもあんたが悪口云ふよつてに、罰当りな話やなア、見なはれ、お狐さまが、あつち向いて、知らん顔してはるわ」
老人の云ふ通りであつた。動物は太い尾の先を檻の金網の外へ出して、冷淡なかまへでじつと坐り込んで了つた。
「――さア、もういつぺん、やつて見まよ、……お狐さま、……」
と、おみくじ屋は再三試みた。やうやく、実にいやいやらしく、狐は無造作に一つの紙片を選び出した。
「――やれやれ、おほきに、さア、これが、あんたの来年の運勢や」
老人は、私の代りに展《
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