うに荒れ果てた邸宅は惨めな残骸をさらしてゐるが、唯豪奢なピアノだけが一台、何の損傷もなく、あたりの殺伐な光景とは不似合な平和なさまで、黒く光つてゐる。と、どこからか、白い蝶がひらりひらりと飛んで来て、そのピアノの周囲を舞つてゐるのだ。まだ微かに煙硝の臭ひが漂ひ流れてゐるのに蝶は実に無関心である。私は、今に蝶が鍵盤の上にとまるだらう、すると、その小さな足の下で鍵盤は動き出して、音楽を奏するにちがひないと、心ひそかに待ちかまへてゐる。……
大体、さうした他愛ないものであつた。場面の状景はニュース映画からの聯想であらうし、蝶はきつと「西部戦線異状なし」の最後のあたりの印象から来てゐるのにちがひない。しかし、ピアノは、どう云ふ意味か理解出来ない。
それから、もう一つ、いつもちやうど睡りに入りかける時に見てゐるやうでもあるし、現に醒めてゐる場合の妄想のやうな気もするのであるが、こんなのがある。……オートバイかトラックかがあちらから、大へんな勢ひで盲目《めくら》滅法に驀進《ばくしん》して来る。私はその道を横切らうとして、それに気がつき、危いと避けようとする。しかも、避けたつもりで、非常に狼狽し
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