に沈んでゐるのだ。それは、多かれ少かれ、木賃宿などに巣食つてゐる人間の特徴であつた。
「――ははは、喧嘩はよせ、暴力はいかん、……金持喧嘩せずと云つてね、……」
「高等乞食」は、小便から戻つて来て、ひよろ長い身体を我々の間に入れた。
「――いいえ、何も、さう、……」
 と、老人は口ごもりつつ、仮面のやうに、硬張《こはば》つた顔を取り外して、
「――こいつが、どだい、日頃から生意気なもんで、……」
「――うむ、まア、いい、もう一ぱい飲んで出かけよう、……」
 私は私で、昨夜はたしか印象的な夢を見たがと、記憶を捉へようとしてゐた。夢は、眼覚めた瞬間や、あるひはそれを見てゐる最中は、こいつは面白いと考へてゐても、すぐに忘れて了ふものだ。そして、少し後になつて思ひ出さうとしても、なかなか浮んで来ないし、神経が疲れていらいらするばかりである。
 それでも、やつと記憶の綱の端をつかまへることが出来た。
 ……何でも、私は戦場に来てゐた。突然のやうに、眼の前の大きな邸宅が大砲か爆弾に破壊されて、煉瓦や鉄筋コンクリイトが、ばらばらに頽《くづ》れて落ちて来た。暫くして、すべてが静かにをさまると、廃墟のや
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