人は、相手があまり信用してゐない風を見せたのに、ちよつと不平さうにしたが、お銚子が来たので、
「――さうやな、……あんた、ゆうべ、けさがた、どないな夢を見やはつた」
 と、私の方へ向いた。
「――うん、夢は随分、色々と見るよ」
 私は、疲れを覚えて、寧ろ不興気に答へた。
「――そやから、どないな夢や聞いてるんやがな、……あんた、いつも一晩中歯ぎしりをするし、何や知らんが、怖《こは》さうにうなされてるし、……えらい近所迷惑やがな、……もうちよつと気いつけるわけにいかんか」
「――君んとこの狐が不愉快なんだよ」
 私も云ひかへした。全くあの臭ひは嘔吐を催すほどたまらなかつた。夜半、ふつと便所に立つて、その檻にぶつかりさうになつたりすると、狐が燐のやうな妖《あや》しい光を発する眼で、じつと疑ひ深さうな敵意をこめて睨みつけてゐる、ぞつと寒気がするのであつた。
「――夢の話をしてるのや、……お狐さまのことを、悪う云ふと、この罰当りめ、承知せんぞ」
 老人は、急に威丈高《ゐたけだか》になつた。平常は寧ろ魯鈍に近い面持と関西弁とに隠されてゐるが、かうして居直ると、冷酷で残忍なものが、じいんと表情の底
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