た危険感から、却つて、よろめいた足はその方へ引き寄せられるやうに、近づいて行くのだ。いけない、いけないと必死に自制しても、もう自分の足もとまらないし、疾走して来るものも、お互ひに引力を感じあつたやうにぐいと方向をこちらに定めて、猛然と飛びかかつて来る。……
「――さア、ここを引き上げよう」
「高等乞食」は、最初は遠慮がちであつたおみくじ屋の老人が、酒が廻つてからは次第に図々《づうづう》しくなり、いつまでもしつこく飲みたがつてゐるのに、しびれを切らして云つた。
「――まア、先生、政治家、……まだ、ええやないか、もうちよつとつきあひなはれ」
 狐つかひは、皹《ひび》だらけの両手をあげて、彼を押しとめた。
「――駄目ぢやないか、さうだらしがなくては、……ぢやア、我輩たちは帰るから、君だけ残つてゐ給へ」
 さう云はれては、悄然《せうぜん》と頭を垂れて、
「――いや、わても去《い》にます、――ひとりで飲んでても、面白いことあらへん」
 立ち上つて、手近にある空の銚子を振つてみてから、さきに店を出るのであつた。
 小さな雪になつてゐた。風に舞ひ、地上に落ちるとはかなく消えて行くのだが、老人は元気よ
前へ 次へ
全31ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
武田 麟太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング