別に大して眼新しい方法でもなささうだが、彼は自信たつぷりで実行してゐた。しかし、それで自分も毎日を食つて行き、女房と姉にどれほどの額でもあれ、療養費の仕送りをしてゐるとすれば、自慢していいのかも知れない。
身装《みなり》が資本だからと、彼は黒の背広に白のワイシャツ、縞ズボンを、ちやんとはいて出かけるのが常であつた。大言壮語する風体《ふうてい》に似ず、女性的な面も多分にあつて、自分でその洋服の手入れもすれば、肌着なぞの洗濯もしよつちゆうしていつも小綺麗なものを身体につけてゐた。その身体も、この寒空に裸になつては、ごしごし拭いてばかりゐた。叮嚀に剃刀《かみそり》のあてられた顔も、石鹸でよく洗ふらしく、痩せた頬が不自然な赤味を帯びて、つるつる光つてゐた。……
私がやつと湿つぽい蒲団から首を出すと、「高等乞食」は、その顴骨《くわんこつ》が突出た顔を私とおみくじ屋とへかはるがはる向けて、
「――どうだね、けふは、我輩が二人に飯をおごらう、幸ひ、軍資金はたつぷりあるから、安心してついて来給へ」
彼はきのふ、女房と姉に、新年の小遣をも加へた今月の送金を終つたのだ。その残りが十分あるので、私たち
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