、首も手足もちぢめ、隙間風を恐れてじつと身動きもしないでゐた。
朝早く出かけて行く他の部屋は、しいんと静かで、そろそろ宿の婆さんが掃除にかかる様子であつた。それなのに、この部屋だけは、誰も朝から用事がないので起きようとはしなかつた。
またうつらうつら仮睡が襲つて来る。私はその快《こころよ》さに身を委《まか》せてゐたが、ぐうつと腹がなつたのには、自分で驚いて、眼をさました。腹がへつて来たのだ。苦笑すると、また、こんどはもつと大きく鳴つた。
――飢ゑか、飢ゑ来りなば死遠からじか。
そんな莫迦気たことをぼんやりした頭で嘯《うそぶ》いてゐるのも、まだ十分眠りから、自分を取り戻してゐないからであつた。
――ハングリ、ハンガー、ハンガリアン、……ハンガリアンて言葉はないかな、待て待て、ハンガリアン・ラプソディと云ふではないか、飢ゑたるものの狂ひ歌と云ふところかな。
「――どうしたんだね、いやに、腹が鳴つてゐるぢやないか。こちらまで響いて来るが、……腹工合でも悪いんぢやないかね」
突然、隣りの「高等乞食」が声をかけたので、私ははつとして、はつきりと眼をさました。
この男の横柄《わうへい
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