まちがひないところを語つてゐるのに、意地悪くはぐらかして了ひたい男もある。物語も語り手が根本で、そのやうに色々と印象を変へるらしかつた。……
 その年の暮れにも、私は二人の男と相部屋になつて、種々雑多な話を幾度も聞かされた。まだ私位の年配の男は彼の云方によれば「高等乞食」で、もう一人の脊の低い、狐を使つておみくじを売つて廻る老人は、伏見神社の神官をくづれて来たと云つて、位階さへあるのだと自慢してゐた。
 大晦日は近かつた。私は自分の家へ引きあげねばならないと重つ苦しい義務を感じつつ、そして、けふこそは帰らうと朝毎に決心し、夜になると、もう晩《おそ》いから、あすこそは早くなぞと、だらしなく考へが変つて、ぐづぐづしてゐた。これでは涯《はて》しない話で、結局は三十一日も来て、除夜の鐘でも聞いてからになるのではないかと危ぶまれた。いや、心の裏はさうと決めかかつてゐたのかも知れない。
 所持金は、昨夜どやせん[#「どやせん」に傍点]を支払つて了ふと、皆無になつてゐた。けふは仕方がないから、友だちの家へでも行つて借金でもするとしようと肚《はら》を決めてゐたが、薄い蒲団ながら、床から出るのが寒いので
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